「『京大俳句』を読む会」 第130回 のご案内

  • 2019.08.30 Friday
  • 20:35

☆「『京大俳句』を読む会」 第130回 のご案内

 日時 : 2019年9月7日(土)13:30〜17:00
 
 会場 : 芦屋市民センター 216号室(別館・工芸室;お間違えのないように)
 
 進 行:  米田恵子
 
 内容 :
 崚傾瓠廖]察七月号講読の続き( )はレクチャー担当
            
  P.25〜 作品                
  P.73〜 作品                   
  P.98〜 天香作品          石橋辰之助選
  P.116〜 俳句入門講座(三)    東京三 (堀本)              
  P.121  編輯後記 

◆崕元不死男の獄中手記『左翼俳句運動概観』」P.343
   (『昭和俳句の検証』川名大、笠間書院、2015)  (堀本) 
                  
「新興俳句弾圧事件異聞(抄録)」
  (「新日本文学1994年12月号」)【Martin資料】(新谷)
 
 
 [予告] 

 ・第131回「『京大俳句』を読む会」のご案内
 
    2019年10月5日(土)13時30分〜17時 

    於:芦屋市民センター部屋は未定

    内容;・「天香」六・七月号
       ・ 例会時配布の「京大俳句事件」関係資料 

ぜひお運びください。

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「『京大俳句』を読む会」 第129回 のご案内

  • 2019.07.27 Saturday
  • 21:49

☆「『京大俳句』を読む会」 第129回 のご案内

 日時 : 2019年8月3日(土)13:30〜17:00
 
 会場 : 芦屋市民センター 212号室(別館:お間違えのないように)
 
 進 行:  米田恵子
 
 内容 :「天香」 六・七月号講読の続き( )はレクチャー担当
                  
  P.25〜 作品                
  P.56〜 詩 黄裳詩鈔     高橋成直(梶谷)
           敵愾心     近藤東 (梶谷)
  P.73〜 作品                   
  P.89〜 界隈異変       嶋田洋一
  P.91〜   熱          石川桂郎
  P.93〜   夢          江藤壽
  P.96〜 俳誌月評       東京三(米田)
  P.98〜   天香作品      石橋辰之助 選
  P.116〜俳句入門講座(三) 東京三  (堀本)              
  P.121 編輯後記                     

 
[予告] 


 ・第130回「『京大俳句』を読む会」のご案内
   
         2019年9月7日(土)13時30分〜17時 
    於:芦屋市民センター部屋は未定
    内容:・「天香」六・七月号
       ・8月例会時配布の「京大俳句事件」関係資料 

★「一句鑑賞」再々募集!
   「天香」 六・七五月号の作品の中から一句を選び鑑賞文を書いて、
    8月1日(木)までに新谷(パソコン453room@v.balloon.ne.jp)
    までお送りください。      

ぜひお運びください。

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「『京大俳句』を読む会」 第128回 のご案内

  • 2019.06.28 Friday
  • 22:28

☆「『京大俳句』を読む会」 第128回 のご案内

 日時 : 2019年7月6日(土)
 
 会場 : 芦屋市民センター 304号室(別館)13:30〜17:00
 
 進 行:  米田恵子
 
 内容 :「天香」 六・七月号 講読の続き( )はレクチャー担当
                        
  P.2〜  大衆性と詩性と俳句    杜農夫
  P.9〜  三つの主流        阿部筲人
  P.25〜 作品                
  P.51〜 色ある襯衣の日〔散文詩〕 菊岡久利
  P.56〜 詩 黄裳詩鈔        高橋成直
           敵愾心        近藤東
  P.61〜 忙しさについて       西村孝次
   P.64〜 短歌 山吹の花        高田浪吉 (羽田野)
           初夏借景       前川佐美雄(羽田野)
           子              五島美代子(羽田野)
  P.73〜 作品                   
  P.89〜 界隈異変         嶋田洋一
  P.91〜   熱            石川桂郎
  P.93〜   夢            江藤壽
  P.96〜 俳誌月評         東京三
  P.98〜   天香作品          石橋辰之助選
  P.116〜俳句入門講座(三)     東京三 (堀本)              
  P.121 編輯後記 
 
                    
 [予告] 
 ・第129回「『京大俳句』を読む会」のご案内
 
    2019年8月3日(土)13時30分〜17時 
    於:芦屋市民センター部屋は未定
 
★「一句鑑賞」再募集!
 
「天香」 六・七月号の作品の中から一句を選び鑑賞文を書いて、7月4日(木)までに新谷(パソコン453room@v.balloon.ne.jp)までお送りください。      

  ぜひお運びください。

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「『京大俳句』を読む会」 第127回

  • 2019.05.22 Wednesday
  • 21:58

☆「『京大俳句』を読む会」 第127回 のご案内

 2008年に発足した「『京大俳句』を読む会」も全86号を読み終え、続く「天香」も、6月例会でとうとう最終号に入ります。以下の通りご案内します。

 日時 : 2019年6月1日(土)
 
 会場 : 芦屋市民センター 217号室(別館)13:30〜17:00
 
 進 行:  梶谷予人
 
 内容 :「天香」 六・七月号 講読  ( )はレクチャー担当
                        
  P.2〜  大衆性と詩性と俳句    杜農夫
  P.9〜  三つの主流        阿部筲人
  P.19〜 俳句鑑賞論          上田夏萩(安藤)
  P.25〜 作品                
  P.39〜 山口誓子論         孝橋謙二(米田)
  P.51〜 色ある襯衣の日〔散文詩〕 菊岡久利
  P.56〜 詩 黄裳詩鈔        高橋成直
           敵愾心        近藤東
  P.61〜 忙しさについて       西村孝次
   P.64〜 短歌 山吹の花       高田浪吉(羽田野)
           初夏借景       前川佐美雄(羽田野)
           子            五島美代子(羽田野)
  P.67〜 知らないことの意味     古谷綱武
  P.70〜 日本紙                 相良徳三
  P.73〜 作品                   
  P.89〜 界隈異変         嶋田洋一
  P.91〜 熱             石川桂郎
  P.93〜 夢             江藤壽
  P.96〜 俳誌月評         東京三
  P.98〜 天香作品          石橋辰之助選
  P.116〜 俳句入門講座(三)   東京三 (堀本)              
  P.121  編輯後記


                     
 [予告]
 
 ・第128回「『京大俳句』を読む会」のご案内
    
           2019年7月6日(土)13時30分〜17時 

    於:芦屋市民センター 部屋は未定
 

★「一句鑑賞」募集
 
   「天香」 六・七月号の作品の中から一句を選び鑑賞文を書いて、5月30日(木)
    までに、新谷(453room@v.balloon.ne.jp)までお送りください。

 


      
☆ 第11回 野風呂記念館企画展
    
 会 期 2019年5月24日(金)〜26日(日)
 
      詳しくは、「関西現代俳句協会」のサイトへ        

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「京大俳句」を読む会 会報3号を刊行しました

  • 2015.11.04 Wednesday
  • 21:05

会報3号を刊行しました。
内容は以下のとおりです。
ご希望の方は、事務局へご連絡ください。

…………………………………………………………………………………
「京大俳句」を読む会 会報3号
  発行日   2015年9月15日
  編集・発行 「京大俳句」を読む会 (代表 西田もとつぐ)
  連絡先   「京大俳句」を読む会 事務局[新谷]
        メール 453room@v.balloon.ne.jp
  頒価    1000円
…………………………………………………………………………………
 
[目 次]

*特別寄稿*
 二人の反戦詩人と『京大俳句』―山口水星子と安田長久― ……樽見 博

●人と作品
 井上白文地 人と作品――鎮魂、異国の地に眠るひとへ ……梶谷忠大(予人)

●研究ノート
 三鬼論文「戦争俳句の作り方」の背景
  ―「京大俳句」昭和十三年八月号から― ……羽田野 令

●「京大俳句」掲載句より一句鑑賞
 田中春生 / 綿原芳美 / 野平大魚 / 辻本康博 / 小寺昌平 / マーティン・トーマス

●エッセイ
 「サロン夏」(山口誓子の句)
  ―「京大俳句」昭和13年7月号から― ……米田恵子

 特高警察のことなど ……佐々木 峻

 戦争俳句と震災俳句 ……石動敬子

◆満州と俳句
 旧満州国 ―中国東北部俳句史考(一) ……西田もとつぐ

 満蒙開拓移民と俳句 ― 序章 ― ……新谷陽子(亜紀)

●私の視点 
 「京大俳句」における「忠誠」と「反逆」 ……マーティン・トーマス

 主観性と客観性とその止揚―俳句と刑事司法の比較― ……野平匡邦

●「京大俳句」の周辺
 『鳩舎』を読む――大阪府女子専門学校俳句会と「京大俳句」 ……原 知子

《書評》睫效卉『京鹿子叢書断章』

《紹介記事》
 愛好者の尊さ 青木亮人(「現代詩手帖」第57巻・第2号 2014年2月、思潮社)
 芸術への弾圧 忘れない(朝日新聞 2015年8月21日 京都版)

「京大俳句」を読む会 活動記録

バックナンバーのご案内・編集後記 
 

第78回 「京大俳句」を読む会

  • 2015.04.03 Friday
  • 01:13

次回例会を以下のとおり行います。

日時:2015年4月4日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1 「京大俳句」第6巻9号(昭和13年9月号)「三角点」のつづき

2 「京大俳句」第6巻10号(昭和13年10月号)
 *作品鑑賞…「会員集」「自由苑」「三角点」の中から各自2・3句を選び寸評

〈目次〉

「戦争俳句の未来性」……平畑静塔(担当:辻本)
「銃後俳句とインテリ層」……井上白文地(西田)
「会員集」
「俳壇時評」……東京三
「銃後俳句のために」……三谷昭(小寺)
「海堡地誌」……藤田初巳(米田)
「自由苑」
「新京通信」……高屋窓秋
「身邊雑記」……石橋辰之助(梶谷)
「三角点」
「喫茶室」
「編集後記」

 

第76回 「京大俳句」を読む会

  • 2015.02.06 Friday
  • 23:49

次回例会を以下のとおり行います。

日時:2015年2月7日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1 「京大俳句」第6巻8・9号(昭和13年8・9月号)の作品について
  〇各号の「会員集」「自由苑」「三角点」の中から各自2・3句を選び寸評

2 「京大俳句」第6巻9号(昭和13年9月号)

〈目次〉

「会員集」
「「海堡」の作品」……平畑静塔(担当:
「戦争俳句第二段階の展開」……仁智栄坊
「自由苑」
「葦平・デユアメル・白虹」……柴田水鵶
「AとBの対話」……X・Y・Z
「船中より」……芝昌三郎
「俳誌夏書」……O・Q
「三角点」
「編集後記」


 

ひとり一句鑑賞(15)

  • 2015.02.06 Friday
  • 23:46


「京大俳句」第六巻(昭和13年)第八號

「会員集」より

 

兵となり男の嘘がふと消える  仁智 榮坊

 

女のこころのタイトルで三句の一句。無季で散文調の作品。兵となり男の嘘が一節で、後はふと消える。

嘘を交えた会話で戯れる男と女。ある日、男が兵となり出征すると告げ、女は驚き、現実に戻される。嘘であって欲しい。戦時中の男女のやるせなさ、くやしさが感じられる作品。特に内地に残された女のこころは如何ばかりか。叙情的で短編の一場面を想い浮かぶようだ。反戦を心の内に秘めている。(辻本康博)

 

「三角点」より

                                 


日章旗ひらひら遺棄死體の上  仁科 海之介                                          

 

戦争俳句が新興俳句の展開に中核的な意義をもつと、一致して当時の主導者は意気込むが、実作においてこれぞという句にはなかなかお目にかかれないようである。そもそも実際戦地にあって、目前の情況・実景をリアルに掴み取って詠むのではなく、銃後・国内で、例えばニュース映画などを見てイメージを得たり想像をはたらかせたりして作らざるを得ないのが実態で、当然いわゆるアタマ句らしいと判ぜられてしまう。

この句もそういう見方をされるものの一つかもしれないが、戦場に「遺棄」された兵士の屍が放っておかれている、それを弊履のごとく踏みつけて日章旗をかかげて進軍していくという戦争というものの実相を提出していることは、日本が中国において強引な戦争を拡張していることへの批判を含んでいるとみられなくもない。おそらく軍の当事者や国体維持の当局が弾圧に乗り出す口実に挙げる例句の一つだろうと思われる。

ただし、それをもってこの句が俳句という詩精神に資するかどうかは別の問題があると思うが、当時の状況に対する批判精神に、小生は共感を覚えるのである。(片山了介)                    

 
千人針見て地下道にもぐり込む  西田 等 


この句は特筆すべきだ。なぜかというと、当時の秘密資料に何回も収められているからだ。たとえば内務省警察局の「社会運動の情況12」には反戦俳句の例として挙げられている。又、「思想月報第78号」にも載っている。後者の場合は「平畑富次郎に対する治安維持法違反被告事件予審終結決定」という文書の形で、平畑静塔がこのような「銃後ノ生活苦等ヲ素朴トシタル反戦俳句ヲ一般購読者ノ投稿作品中ヨリ選句シテ発表」したことが彼の逮捕の理由の一つであるとわかる。

然し、私の卑見なら、この句を「反戦」と名付けるのは明らかに過言である。もちろん、「地下道」と「もぐり込む」の言葉遣いで、読者の中には不気味な気持ちが涌いているけど、この句の本音はやはり解釈によって違う。それは俳句自体の問題であるかもしれないが、表面が17音で限られているから、内容が曖昧であると決まっている。

にもかかわらず私が想像している風景も反戦っぽいといってもいい。「千人針」は季語の代りの戦争キーワードで、出征の意味が含められている。別れるとき(歓送)には母や妹などにお守りとして一生懸命に縫った千人針をくてれ、戦場に着るという習慣があった。作者がこのような出征と関連している千人針(自分のためのものであるか、他人のためであるかわかりません)を見て、私ももうすぐ戦場に立つかもしれないという不安な気持ちになる。それで逃げてしまう、自分の出征から逃げようとしている。作者自身は戦場には居たくない、又は戦場へ逝きたくない。それゆえに地下道にもぐりこんで、自分を隠そうとしている。他の千人針をモチーフとする俳句とけっこう違う風景であると思う。

Martin Thomas

 

ひとり一句鑑賞(14)

  • 2015.02.06 Friday
  • 23:39

「京大俳句」第六巻(昭和13年)第七號                    


「会員集」より


聖戦博飄々と来て去り華人  中村三山

 

ネット検索してみると、この「聖戦博」は昭和13年(1938年)春、西宮球場で開催され、球場の観覧席やフィールドそのものを戦場場面にする大規模なものだったようだ。三山はこの様子を詠んだようだが、掲句の華人よろしく、詠みっぷりも飄々と超然とした感じさえ受ける。国家総動員法が発令されて間もないこの非常時に、「聖戦」をどこか冷やかに見つめ、最後の「なかなか長閑」の一句などは茶化した感すらある。私の母も、旧満洲の開拓地で似たような中国人の態度を見たことがあると話していた。飄々とした態度の中にも、「今に見ていろ!」といった鋭い視線もみられたと言う。(新谷亜紀)

 

機関銃花ヨリ赤ク闇ニ咲ク  西東三鬼

 

戦争のタイトルで機関銃の連句(五句)の一句。五句の送り仮名はいずれもカタカナ。機関銃は引き金を引き続けると自動的。連続的に弾丸が装填・発射される銃。狙撃兵のように一人を狙い撃ちにせず、ただ闇に向って闇雲に銃を撃つ。無差別に・・。三鬼はこの無機質な機関銃を軽蔑し、日本を代表する桜(花)より闇に赤く咲く弾丸の火花を冷静な眼で詠んでいる。反戦の言葉はないが、闇、銃の黒に反発し、花を愛でる心がよぎる作品。(辻本康博)
 

  母と子

子は笑めり夫は死せり五月晴れぬ  瀬戸口鹿影

 

七句連作の第七句。この俳人は,亡父椎霞の遺品数百点の中に短冊らしいものが1枚だけあったのを筆者が遂に読み解けず断念して以来,ずっと気になっていた人である。

今回始めてじっくりと句を鑑賞した。音感とリズムのがっしりと落ちついた句風である。定型が僅かに崩れる兆しを示すが,崩れない。そこはかとないゆらぎを感じさせつつ安定に納めるという,魅力的な技である。この句は,「子は笑めり」と「夫は死せり」との明暗を対比しただけでなく,「子は笑めり夫は死せり」と「五月晴れぬ」との明暗をも二重に対比させている。戦争批判の言葉を一つも用いずに,静かに戦争を批判して見事である。特高刑事も,このような作風の俳人ばかりだったら京大俳句を検挙しにくかったのではないか。

私は,中村三山の「特高君」の連作俳句などはエリートの思い上がりで,不用意に弾圧を招来したと思い込んでいるのだが,鹿影はよほど常識人だったようだ。つい最近,滝川幸辰教授が,刑法講義中の「天皇君」発言だけでなく,戦後に京大総長を務め、学生運動との対立事件を繰り返したという,非常識な性格や言動の持ち主である事実を知ったのだが,歴史的事件となった権力対市民の衝突の脇や裏には人間の風格や生々しい感情が潜むことを,逆説的に感得させてくれた1句である。(野平大魚)


 

                                                     

「三角点」より   

                                                     

戦死者の背にひとつづつとまる蝶  西田 等

                                                        

兵隊は戦場に死すべき者として送り込まれて、戦闘して当然のごとく倒れ死んでゆく。そして「もの」となって弊履のごとく並べ積まれている。一人一人の戦死者の背に、蝶が1羽ずつとまっている――無心であるはずの蝶が、喪われた兵の命を哀惜しているかのように―――。映画「西部戦線異常なし」のラストシーンを直ぐ想起した、戦争の非情・残酷は人の感傷を吹っ飛ばしてしまう、洋の東西を問わない。(片山 了介)

 

チブス兵砲音とどき眼をつむる  宇都宮 杉男


「三角点」蘭の俳句で、平畑静塔に選ばれたものだ。彼のコメントによって、作者自身は何をあらわそうとしたかよくわからなく、「たゞ病兵の病状を述べるに止つてゐる。」それはそうであるかもしれないが、私にとって、この句には二つの記述すべき特徴がある。

それはまず「チブス兵」という新しい戦語(= 戦争の季語)の使い方だ。私が今まで読んだ戦争時代の俳句の中には見たことのない戦争用語であり、この句の新鮮なところの一つであると見られる。又はそれに関連して、この句は戦争における苦しみをきちんと語る勇気をもっている。チブス(チフス)は感染症で、特に戦場に蚤や虱などに媒介されたといい、既にナポレオンのロシア戦役のときに問題となった病気である。日中戦争においても莫大な戦死者の数の原因の一つだ。宇都宮さんの句にもチフスに苦しんでいる兵卒は結局死んでしまう。「眼をつむる」の言葉遣いでその兵卒は既に意識をなくしてしまったと推定できる。連句の一句で、前句には「死の近き」というヒントもある。「砲音とどき」の七音で、死の瞬間又はその句の全体的な瞬間性が見に染みるように強調されている。

纏めると、この句は芸術的に優れたものだとは確かに言い難い。ただ定型をまもり、麦秋という季語さえも前句の「チブス兵麦秋さわぎ死近き」に登場している。しかし、取材の面からみると興味深いものだ。「京大俳句」の特徴は戦争を批判することではなく、戦争をそのままうつすことだった。その一部分は自分の兵隊の苦難と損害も明確に表現することだった。戦争時代の日本にはそれでも犯罪になるというわけだ。他のメディアには勝っている強い日本軍というイメージしか伝えられなかった。国民の士気の低下を防ぐための手段であったが、言論の自由の束縛だった。平畑静塔が多くの投句の中からこのような婉曲ではなく、現実的な句を選んだのが理由があるだろう。(マーティン・トーマス)                                                      

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

  「一句鑑賞余滴」  西田もとつぐ

 

子は笑めり夫は死せり五月晴れぬ  瀬戸口鹿影

 

 野平匡邦さんの瀬戸口鹿影作品の鑑賞には感銘をうけました。目立たない銃後の作品から抜き出し、行き届いた鑑賞は野平椎霞俳句の復刻に心血を注いだ匡邦さんの鑑賞力の賜物と思います。また作品の対句形式で触れたことは行き届いた鑑賞です。「京大俳句」の典型的な反戦銃後俳句の一つが掘り起こされました。自分が発表した一句鑑賞文を「ああ忘れていた」という人は論外であります、大きな題名の中は空洞のような論文より短くとも内容のある一句鑑賞文が後世に残る相応しい短文でしょう。

 ここでさらに屋上屋を架すと「子は笑めり」の持つ意味です。私は昭和9年生まれ80才を迎えます。1945年終戦の時は国民学校(小学校)6年生でした。まだ敗戦の意味が解らず大人達の号泣が不思議でした。太平洋戦争開始の頃から軍国主義の教育が一層厳しくなり、近い将来、「御国(みくに)のために」戦場に出征するのが必然であると教えられました。戦場を思い互いに軍歌を教え合ひ、体操の時間には木銃や木刀、長刀をもって校庭にすえた藁人形に向かって「鬼畜米英」「撃ちてし止まん」「突貫!」と叫びながら突進する訓練をしました。「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」は物資不足に耐えるスローガンでした。都市部では児童が空襲をさけるために担任の引率による「学童集団疎開」が行われました。これも地元との軋轢や食糧難など、様々な苦しい問題が起こりました。

 「おめでとうございます。召集令状(赤紙)です」と令状が届くと令状の対象者の妻や母は平静に「有り難うございます。夫(息子)が御国のためにお役に立つことができ嬉しく思います」と答えます。出征日までに壮行会を開き、出征の日には「国防婦人会」の日章旗の旗行列に送られて最寄りの駅から任地へ出発するのです。この間、涙一滴こぼすわけには行きません。これが今生の別れかも知れません。これが「軍国の妻(母)」の姿でした。

 夫の出征を送った後、あるいは戦死の報が伝えられた、夜秘かに夫不在の悲しさ、淋しさ、戦死の悔しさ、これからの苦難を思ひ、たちまち涙が噴き上げてくるのです。鹿影はこれを「死せり」と表現しました。匡邦さんもこの悲しみを読み取っています。

 「国防婦人会」は出征軍人の歓送行列、戦死者の遺骨の出迎え、出征軍人、戦死者の留守家庭の慰問などに当たるために結成されました。これらの留守、遺族の家庭に「出征軍人の家」「英霊の家」などの門標を配布してこの家族を顕彰し相互扶助を行いました。門標のある家庭は銃後家庭の模範とならねばなりません。将来「お国のために一命を捧げること」を教えられ、戦争の意義、戦死の意味がまだ良く理解できない軍国少年にとってもこの門標のあることは誇りであります。逆に門標のない家庭の少年にとり負い目でもありました。「子は笑めり」は悲しみの対句ではなく、この少年達の誇りの「笑み」があります。

 

  主人なき誉れの家に蜘蛛の巣が    鶴 彬  1933年 昭和8年

  屍のいないニュース映画で勇ましい    同  1937年 昭和12年

  萬歳とあげていつた手を大陸においてきた 同
  胎内の動き知るころ骨がつき       同

 

 私の父は当時40才過ぎ、北海道の田舎に遠隔の単身赴任でしたが軍隊へ召集は免れました。あるとき母に「お父さんには何故赤紙がこないのか」と訊ねると、母は血相を変えて理由の説明なく「絶対にそんなことを云ってはならない」と激しく叱られました。その後、母に問い直す機会もなかったが、おそらく、口外には出来ない意味があることがわかりました。「父が出征しない幸せを考えなさい」と。父は40才過ぎで軍需産業の経営責任者であるための徴兵、徴用の免除があったようです。これらは当時、絶対に口にできない時代であったのです。「非国民」という罵声が飛び交う時代でした。


 

ひとり一句鑑賞(13)

  • 2015.02.06 Friday
  • 23:31

「京大俳句」第六巻(昭和13年)第六號

「会員集」より

パラシュート撃たるゝほかはなき白さ  杉村聖林子

降下中のパラシュート兵はひたすら撃たれる恐怖にさらされる。銃を抱えていたとしても、撃つ体勢をとれず無防備である。パラシュート兵の服が白とは限らないが、撃たれれば血の色が鮮やかに変わるだろう。白さは弱さや純潔と同義だが、白いパラシュートで兵の命は守れない。撃たれるしかない。
「パラ+シュート」とは、「落ち+ない」ことと「撃た(れ)+ない」ことの両義を持つ英語かと思ったら、全くの勘違い。parashoot が正しいなら「撃たれない」の意味でシャレになるのだが、parachuteが正しい綴りの、元は仏語(さらに元はラテン語)だそうだ。日本語には落下傘という名訳がある。
では、仏語chute(発音はシュートではなくシュット)とは何か。英語ではfall(落下)。仏語シュットから英語シュートに取り込む時に発音が長音に伸び、ここに私の誤解が生じた。角川外来語辞典は、日本語ではパラチウト⇒パラチュート⇒パラシュートと変遷したことを記録している。
墜落chuteは防げるが、射撃shootはかわせない。撃たるゝほかはなし。無力さと無念さを表現する末尾の「白さ」が見事に効いている。(野平大魚)

従軍僧焦げし一枝を挿して去る  石橋 辰之助

従軍僧は軍隊に従う僧侶のこと。布教と慰問をなし、戦死者の葬儀や弔祭、負傷者の看護にあたった。
戦争で焦土になった地に供華の代わりの一枝を挿した。墓標のない戦地での一コマの場面である。ただ声を出し経文を読むだけしか出来ない僧である。死者に代わって戦うことも出来ない僧の喪失感溢れる句である。代わって戦う気持ちは私の独断と偏見である。挿して去るの下五に僧として、人間としての悲しみと反戦への気持ちが見える作品である。 (辻本康博)


「第二回特別募集」より

屍凍むポキリと裸木月に折れ  東京市 古川克巳

「戦争」と前書きがあるので、「屍」は兵士であろう。その屍も凍るような寒い日。全てが乾燥しきり、木の枝がポキリと折れる音がする。月はその音を聞いたのだろうか。ただ煌々と屍を照らす。私は山口誓子の「悲しさの極みに誰が枯木折る」という句を思い出した。(恵)

雨阿呆(あっぽ)僕の辷り台(すべりこ)ぬれるのよ 志波汀子

志波家の庭にはブランコも辷り台もあったのでしょう。子供は詩人と言ったけどほんとですね。(綿原)


「三角点」より

職がない俺は戦争に行つちまへ  山口一夫

戦争を二つに分けるとすれば、血の臭いのするリアルな殺し合いと観念的な紛争劇。集団的自衛権の論 議に出て来るのはどちらの戦争かとふと思う。思わず目を覆いたくなるようなリアリティーに満ちた十七文字の並ぶ中で、この句は少し違った光を放つ。職にあぶれ、食う手段を失って自暴自棄になった者の向かう先が戦争だとすると、戦後69年経った今の日本の危うさはどうだ。リアルな表現に満ち溢れた昭和10年代の戦争俳句を、今の日本に照射する意味合いは、思った以上に大きいのかも知れない。(四宮陽一)
 

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