1月例会感想と「-blog 俳句空間- 戦後俳句を読む」

  • 2013.01.14 Monday
  • 10:09
【原・記】

あけましておめでとうございます。
1月5日にさっそく 今年第1回目の例会を開催しました。
今回は、銚子より野平椎霞のご子息、匡邦氏がご出席くださいました。
私は残念ながら参加できませんでしたが、
羽田野令さんがご自身のブログに当日のようすと、
今回とりあげた「京大俳句」昭和11年4月号の内容について紹介されています。

http://yaplog.jp/ef_ef/ ←「けふえふえふとふてふ」(羽田野令さんのブログ)

以下に転載させていただきます。

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昨日の京大俳句を読む会は、野平椎霞の次男で銚子市長の野平匡邦さんが来られた。前半の小一時間いらっしゃった。

前号から始めた、読む会のメンバーによる掲載句の一句評がプリントアウトされたものを見て、堀内薫の句を評したのが多かったのであるが、匡邦さんは堀内薫のことを少しおっしゃった。

堀内薫は、京大事件で検挙された時洲本市の中学の教員をしていた。洲本のあんこ屋の内藤家が野平さんの遠縁に当たるそうだが、そこの子でその時中学生だった人が「堀内先生は突然居なくなった」と当時のことを語っていたそうだ。その人も何年か前に没したそうだが。


後半は京大俳句5巻第4號(昭和12年4月号)を読む。

巻頭は「篠原鳳作論」と題する平畑静塔の文章なのだが、とても険のある書き方である。

鳳作のことを、白虹、三鬼の近代性を殆ど欠如している、と言い、調子は秋桜子以上に流麗だと書いている。
この秋桜子の流麗というのは褒め言葉ではなくて、京大俳句ではずっと秋桜子批判は底流として続いるわけだからかなり貶めて言っていることになる。

それに比べて、この号の後ろの方に書いている三鬼は全く違う。三鬼は文章もとっても上手だし、分り易いし、面白いし本当にいい。

「若き神々・その1」というタイトルで、俳人を○○の尊(みこと)と呼ぶという体裁。それは少しユーモラスでもある。白泉は本名の方が神様らしいとして、渡邊威徳(たけのり)之尊。

「こゝに登場する様な若き神々がゐてこそ後退しがちな新しい俳句が前進し得るのである」と言い、「鳳作の感覚を情的と云へれば、白泉の感覚は知的である。古来、詩歌を革新するものは新しい感覚である。この二柱の神は(一柱は神去給ふたが)ある時代の新興俳句を革新したのである」と言っている。

京大俳句はいつも京都の編輯だが、この号は東京の三鬼編輯で構成がいつもと違っていて、循環批評というコーナーがある。9人が輪になってそれぞれが前の人の作品を批評している。

この9人の中に東京三(秋元不死男)や片山桃史や、渡邊白泉が入っている。
特に白泉の句が面白かった。評者の北垣一柿は全然いいと言ってないのが不思議。
「新宿驛スキー展」と「薬用植物栽培試験場」と題する連作。それぞれ4句。

スキー展の句では、

  音もなく兵士入り来しスキー展

と兵士がスキー展に入って来たことをごく普通に見た景として詠んでいる。
後の

  憲兵の前で滑つて転んぢやつた

の句などを思い起こすと大変面白い一連だとW氏。
確かに憲兵の句はこの句の延長線上にある。

四句目が

  女がふとをらざりしスキー展

という句で、私は最初、女性でスキーをする人はこの時代少なかったからか等と思ったのだったが、兵士が入ってきて、あー怖い怖いと女が居なくなっていると読むべきだろうとY田さんが言われた。
あ、そうかと気づかされる。兵士が入って来た後に置かれている句であるし、そうなのだ。

白泉は市民生活の中に入って来ている"軍”の姿をきちっと捉えている。述べてはいないが兵士に対する嫌悪感も見える句である。

「藥用植物栽培試驗場」では「東西す」という言葉が出てくる。
東から西に行く事だろうと漢字から意味を推し量られるが、造語だろう。
一句目は

  藥草園正十文字の徑ひける

とあり、きちんと区画された中に植物が植わってる様な所を思い浮かべる。

四句目が

  藥草園飛行機の機影東西す

で、薬草園の十文字の上を真横に黒い影が過ぎてゆくところが浮かび、これも機影が意味深な句である。

それから面白かったのは、対談の中に取り上げられていた誓子の句が、四四四四という韻律だったこと。
それはこれである。

  たゞ見る起き伏し枯野の起き伏し  『黄旗』

こうやってみて見ると、七七句が八音になったという感じである。古家榧子が四四四四だと言っているのであるが、四四四四というよりも八八という方がぴったりすると思う。


また、この号には無季俳句ばかりの十俳人による「無季作品」というページも作られている。
その中に富沢赤黄男もあったのだが、時間がなくて全く触れられず。

他は、堀内薫の句を取り上げて井上白文地が書いているエロティシズムについての文章が印象的だったのだが、時間がなく、これに関連して私が持って行った資料での、俳句誌「里」104号に取り上げられていた大正期の中西其十という人の俳句の少しの紹介だけで終った。


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また、堀本吟さんからは、新年より新しくスタートしたブログについてのお知らせをいただきました。

-blog 俳句空間- 戦後俳句を読む
http://sengohaiku.blogspot.jp/

この中で堀本さんは、ご自身の研究テーマの一つに「京大俳句」を取り上げておられます。
http://sengohaiku.blogspot.jp/2013/01/blog-post_8780.html

以下に一部転載させていただきます。

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「京大俳句」(戦前の)にあらわれた戦後的モチーフ、および同誌に投稿された「戦争俳句」の研究は、注目すべきです。 

「京大俳句」読む会は、大阪俳句史研究会の分会ですが、これのみを独立したテーマに掲げ、読書会がおこなわれています。昭和15年の京大俳句事件(俳句弾圧事件)まで、この大学同人誌が包んでいるテーマやモチーフは、戦後にひきつがれる要素が散見します。また、新興俳句の理論付がそうとう公式的唯物論なのですが、しかし、その自らの理論の粗い網をくぐり抜ける、彼らの直感は正しいのです。戦争や国家の弾圧自体も無効にして戦後に直結するモダニティがあります。代表の西田元次氏の悲願である戦争俳句の研究についても、この世代の後世へのメッセージとして、受け止めておきたいものです。

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私などは、「京大俳句」を読みながらも、それが戦後俳句や現代俳句にどのように
影響し、つながってきたのかをあまり理解しておらず、それゆえに、「京大俳句」で展開される
理論や試みを、自分なりにどう評価すればいいのかわからない、というのが現状です。
(私だけかと思いますが・・・)
ぜひ参考にさせていただきたいと思います。


寒い日が続いておりますが、みなさんどうぞお元気でお過ごしください。









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