「京大俳句」ひとり一句鑑賞(6)

  • 2013.06.06 Thursday
  • 08:58

 「京大俳句」第五巻(昭和12年)第九號

「會員集」より

灼けし貨車老兵の帽あたらしき  西東三鬼

見ようという強い意志を持った者にだけ見える「灼けた貨車」であり、「新しい帽子」なのである。主情を抑えた冷静な判断力による作者ならではのデッサンの確かさ。(小寺 昌平)


出征兵士われは巷を重き書と  波止影夫

無季俳句。出征兵士なれば、書物を持って港を出る。重き書と−が素晴らしい。最近の若者は本を読まない。新聞も取らずパソコンでニュースを知るらしい。孤島に一冊の本しか持てない場合、どんな本か?「俳句歳時記」と答えた人を思い出す。図書館で良く読んだ(本は買わないとダメとの説もある)これからも重き(沢山の)書を読みたい。当時の若者の書に対する姿勢には脱帽。平明な句であるが、感性は鋭く気になった作品だ。(辻本康博)

出征兵士われは巷を重き書と  波止影夫

この作品の掲載された昭和12年は盧溝橋事件を発端に日中戦争が火蓋を切った年。戦争の影が色濃く巷を覆い始め、出征兵士の姿を多く見る中、作者は分厚い本をかかえたまま街を行過ぎる。ヘーゲルかカントかはたまた資本論か。ゲートルに重い銃剣を身に帯びた彼らと、書を携えた己が姿の対比に作者自身が戸惑いを隠せない。(四宮陽一)


灰皿を見つめ征くのだと言ふ  芝昌三郎

3ページ前に村木馨に《招集令下りぬ夜は深く深く》がある。重い、どうしようもない時代のうねりが伝わってくる。他の人にも似た句があるが、一番におしたい。ここまで書いて楸邨だったか《歯にしみる柿の冷たさを別れとす》の句があることを思い出した。親しい友人が向かい合ってぼそりぼそりと。いまなら缶ビールか。ビールのあてが柿の実と書かれた大正時代の小説があったような気がする。現在の「柿の種」はそのなごりか?(綿原)

灰皿を見つめ征くのだと言ふ  芝昌三郎

無季口語俳句の典型であるこの句が「京大俳句」に載っているということを知った時も衝撃的だったが、昭和12年の9月号という早い段階だったというのも驚きである。もっと後の昭和14年くらいの時期かと思っていたからだ。7月盧溝橋事件が起こり、「出征」が他人事ではなくなり、それを詠んだ句も多い。(恵)


出征子灼くる石階を父と昇る  井上白文地

戦地に赴く息子を見送るべく、灼けつく石階段を昇る父は、共に昇る息子と同じ血を分けた者の胸の熱さを一時共有するが、これが一期の別れかもしれない思いがある。出征子がもし戦死することあれば、父は逆縁の業火に遭遇するのだ。親子の別離の心情が通い合う時の極まりの一刻である。(片山了介)


「自由苑」より

鎔接の緑(あ)青(お)き横顔犇けり  堀内 薫
製艦の音に轉々反側す  堀内 薫

 溶接の緑青(あお)い光は当時の先端技術であり、そこから戦争へと突き進む時代の危うさが労働者の姿を通じて彷彿と伝わってくる。横顔が犇くほどに集まり、製缶ではなく製艦を造っていたことに驚く。それらを直接言わないで、光と音で表現されているところがよい。軍艦を作った溶接技術が二、三十年後の日本の高度経済成長を支えたのだから、また切なくもある。(えいじ)

大き闇正方形に灼熱す  堀内 薫


「川崎造船所に近き陋港に泊す」と題された10句のうちのひとつ。この句だけで
はわかりにくいが、「赤き四脚赤き機械の大夜業」「鬱々と軍需工業咆哮す」な
どあわせ読むと、夜更けまで操業している造船所が、不気味で巨大な生き物のよ
うに浮かんでくる。「正方形に灼熱す」、非人間的な雰囲気がでている。(原 
知子)


「三角点」より

逝くものは逝きて大きな世がのこる  神戸市 藤木清子

この前々月、盧溝橋事件によって日中戦争が始まった。翌年(1938年)までの日本軍の死傷者は50万余に達したと言われている。男たちは次々と戦場へ征き、そして逝く。藤木清子はこれ以降も1年間「京大俳句」白文地選に投句し続け、戦争の大きな世に生き残った者の憂鬱を詠む。女性の立場から、息苦しいまでに率直に。清子の句境に今後も注目したい。(新谷亜紀)

雨の古都青児のえがく娘(こ)が通る  廣島 仁科海之介

東郷青児の絵は、昔よく見た。昭和三十年代の医者の待合室なんかによく掛かっていたものだ。東郷青児は若くして人気を博し、昭和十二年京大俳句五巻九號の頃は、宇野千代と同棲して別れるという華麗なる遍歴の後である。あの独特の女の絵、柔らかな色調の中にほっそりと植物の様な陶器の様な質感を漂わせる女性像は、現実の人間を離れたような美を湛えている。

そんな女性を町で見かけた。「古都」とあるから京都へ来た時に見かけたのだろう。雨という設えもあって、ロマンチック過ぎるように思うところであるが、三角点掲載の五句はこの次にキュウリの新鮮さを詠った句があり、その後の三句は「戦闘教練」という題があって、銃や硝煙の匂いや戦車が描かれていることを思えば、その対比の中にこの時代の一面が切り取られているように思う。(羽田野 令)

    
コメント
upしてくださってありがとうございます。最後の仁科海之介の句ですが、
句と作者の居住地の廣島とがひっついています。上の藤木清子の神戸市のように離して下さい。お手数かけますがよろしく。
  • 2013/06/06 8:57 PM
ご指摘ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
  • hara
  • 2013/06/07 12:02 AM
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