仁科海之介と藤木清子

  • 2014.10.02 Thursday
  • 10:46
[原・記]
 
「三角点」は、それまであった投句欄「誌友俳句」を廃し、昭和11年1号よりはじまった。
選者は井上白文地、平畑静塔を中心に、瀬戸口鹿影、西東三鬼、石橋辰之助、仁智榮坊らがつとめていた。

この「三角点」へ仁科海之介と藤木清子も投句していた。
投句者は選者を指名することができ、海之介は白文地選に、清子ははじめ静塔選、途中から白文地選へ投句している。
藤木清子の人と作品については川名大氏や宇多喜代子氏の研究により、広く知られているところであるが、
仁科海之介について知っている人は多くはないと思われるので、すこし紹介する。
 
仁科海之介
1914(大正3)広島県世羅郡甲山町に生まれる
1934(昭和9)頃 神戸の製薬会社に勤務
1936(昭和11)京大俳句「三角点」に投句
1939(昭和14)「自由苑」作家に推薦
1940(昭和15)1月号 会員に推薦
1945(昭和20)兵役(数か月)、終戦
1953(昭和28)カネタシャツ(株)入社
1956(昭和31)東京に移住、「三角点」創刊
1965(昭和40)退職、「三角点」編集に専念
1981(昭和56)『井上白文地遺集』編集委員
1983(昭和58)『中村三山遺句集』編集
1997(平成7)没
 
なお1953年に創刊された「三角点」は、戦後、「京大俳句」関係者の同人誌として創刊されたものである。
 
作品をいくつか紹介する。

〈「三角点」より〉
病む蹠月にふくらむ蚊帳を撫し(仁科まつち)  昭11.10
渡り鳥僕は転つてゐる石だ  昭12.11
少女訪ひ腕無き兵につき当る  昭13.8
あをきあをき兒斑のあたり魚およぐ  昭13.11
しとゞ蛾の翔めぐれり身の周囲(まはり)  昭14.1
 
〈「自由苑」より〉
日だまりに詳しく眺め新鋳貨  昭14.3
冠の上特急が過ぐる過ぐる  昭14.6
緑蔭にキラリキラリと鱗剥ぐ  昭14.7
徒食して己にそそぐ涙をもてる  昭14.12
 
〈戦後『三角点』より〉
人なき杜瑞々しきは岩の窪
雪降らす江戸紫の頭巾かな
叢の日本動けり鯉幟
時として冬木を登る空の色
 
仁科海之介と藤木清子のあいだには面識があり、海之介に「京大俳句」を読むようにすすめ、
投句のきっかけを作ったのは藤木清子であったらしい。
「俳句評論」に掲載された仁科海之介の文章より引用する。
 
「ホトトギス」の中から興って、水原秋桜子は山口誓子と共に新興俳句の緒を作った。やがて、その母体である「ホトトギス」にもその作風が影響を及ぼす迄に成長すると、新興俳壇は、また二分された。更に若い世代を集めた無季俳句の勃興と激烈な論争がそれである。
私が井上白文地師の門を叩いたのは、丁度この無季俳句旋風のさ中であった。
その前に、藤木清子という人がいる。
私は、奥吉備も果ての山中で退屈していた。藤木さんは水南女の旧名のままで、そこから、さ程遠くない海に取り囲まれた町に住んでいた。まだ総てが優雅な時代である。山国の若者達は退屈しのぎに、その海賊の栄えた町へ吟行した。藤木さんに会った。俳句をやるからには「京大俳句」を読むように示唆された。私は新興俳句も「ホトトギス」も知らなかった。
その後私は、再度その町へ訪れた。
藤木さんは、「何故、白文地門を選んだか」、半ば詰じるように尋ねた。「投句して見たら、白文地欄に載っていたのでそのまま続けている」と率直に答えた。藤木さんは笑った。私より十も年上であったろうか。その人の姿のように少し太めの声を出して笑った。
平畑静塔氏に傾倒しているのを知った。
(仁科海之介「回想の断片」 「俳句評論」昭和44年7月)

 
清子の句が最後に静塔選欄に掲載されたのが昭和11年9月号(昭和12年6月号より白文地選)、
海之介が「三角点」白文地選に掲載されたのが同年10月号なので、昭和11、12年のエピソードであろう。
「なぜ白文地門を選んだか」となじるように尋ね、平畑静塔に傾倒していたようだという文章が興味深い。
宇多喜代子編著『ひとときの光芒―藤木清子全句集』を見ると、
清子の「京大俳句」への投句は昭和13年8月号が最後で、以後は「旗艦」を中心に作品を発表している。
「京大俳句」を離れた理由はわからないが、俳句をやるなら「京大俳句」を読むようにと薦めたり、
指導者や投句先をその都度選び直していることから、
試行錯誤を繰り返していた新興俳句の中で、自らのめざす俳句がずいぶんよくわかっていた人だと思われる。
「京大俳句」の中心にいた会員だけでなく、その作品や俳論に刺激をうけた周辺の俳人たちの姿もとても興味深い。


 
 
 
 

 

第72回「京大俳句」を読む会

  • 2014.10.02 Thursday
  • 06:50
次回例会を以下のとおり行います。

日時:2014年10月2日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1「京大俳句」第6巻6号(昭和13年6月号)つづき

「自由苑」 (担当:綿原)
「三都座談会」 (堀本)          
  戦争俳句〔東京〕           
  俳壇現状〔京都〕           
  新人作家〔大阪〕  
「特別作品」募集   
「貞永勝君追悼」……諸家 (担当:綿原)  
「三角点」  
「編集後記」                       

2「京大俳句」第6巻7号(昭和13年7月号)

〈目次〉

「会員集」
「新興俳句は田園をも風靡し得るか」
……島田青峰、日野草城、吉岡禅寺洞、藤田初巳、横山白虹、平畑静塔
「俳句に於ける文節形態」
「サロン夏」
  ビール……石橋辰之助
  絵画(誓子の二句)……高屋窓秋
  果物と俳句……柴田水鵶
「自由苑」
「三角点」
「編集後記」







 

第70回「京大俳句」を読む会

  • 2014.08.01 Friday
  • 11:38
次回例会を以下のとおり行います。

日時:2014年8月2日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1「京大俳句」第6巻5号(昭和13年5月号)のこり

「会員集」
「方舟の中」(二)……平畑静塔(四宮)
「旅の話」(二)……西東三鬼
《研究》「一般社会と俳句」……宮崎戎人(原)
「喫茶室」
「三角点」
「編集後記」

2「京大俳句」第6巻6号(昭和13年6月号)

〈目次〉

「俳句に於ける文節形態(一)……中島手火之(担当:梶谷)
「永遠の俳句」……小田武雄(安藤)
「会員集」
「リアリズムとロマンチシズム」……和田邊水楼(佐々木)
「自由苑」(綿原)
「三都座談会」(堀本)
  戦争俳句[東京]
  俳壇現状[京都]
  新人作家[大阪]
「特別作品」
「貞永勝君追悼」……諸家(綿原)
「三角点」


「編集後記」
 

第69回「京大俳句」を読む会

  • 2014.07.04 Friday
  • 23:52

次回例会を以下のとおり行います。

日時:2014年7月5日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1「京大俳句」第6巻4号(昭和13年4月号)つづき

「俳句テーマの問題性」……仁智栄坊(担当:片山)

2「京大俳句」第6巻5号(昭和13年5月号)

〈目次〉

「戦争俳句論」……白文地・誓子・辰之助(担当:米田)
「会員集」
「方舟の中」(二)……平畑静塔(四宮)
「旅の話」(二)……西東三鬼
「座談会」石榑茂・丸野不二男・吉川則比古・藤本浩一・日野草城・清水千代(辻本)
《研究》「一般社会と俳句」……宮崎戎人(原)
    「映画と俳句」……村木馨(片山)
    「虚子と連句」……今井古南子(小寺)
「喫茶室」
「三角点」
「編集後記」
 

第68回「京大俳句」を読む会

  • 2014.06.06 Friday
  • 06:45
次回例会を以下のとおり行います。

日時:2014年6月7日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1「京大俳句」第6巻4号(昭和13年4月号)つづき

「俳句テーマの問題性」……仁智栄坊(担当:片山)
「俳壇時評」……平畑静塔(米田)
「事変俳句総論」……堀内 薫(梶谷)
「会員日記」(米田)
「三角点・選後評」……三鬼・白文地・三山(佐々木)
「大阪句会・神戸句会記事」
「句会案内」
「編集後記」

2「京大俳句」第6巻5号(昭和13年5月号)

〈目次〉

「戦争俳句論」……白文地・誓子・辰之助(担当:米田)
「会員集」
「方舟の中」(二)……平畑静塔(四宮)※(一)と合わせて7月例会で
「旅の話」(二)……西東三鬼
「座談会」石榑茂・丸野不二男・吉川則比古・藤本浩一・日野草城・清水千代(辻本)
《研究》「一般社会と俳句」……宮崎戎人(原)
    「映画と俳句」……村木馨(片山)
    「虚子と連句」……今井古南子(小寺)
「喫茶室」
「三角点」
「編集後記」





 

ひとり一句鑑賞(10)

  • 2014.05.01 Thursday
  • 23:49

「京大俳句」第六巻(昭和13年)第三號

「自由苑」より

あひびきを眼下に蒼いかたつむり  堀内 薫

ひっくり返したような視点が新鮮でおもしろい。(えいじ)

雲のゐる枝をふうはり切りおとす  西田 等

日中戦争が本格化する昭和13年発行の本号は右を向いても左を見ても、戦争の高揚と嘆きの交錯する句が続く。この時期、花鳥風月も如何なものかとは思うものの、やはり息苦しさは否めない。その中にふと、台風の眼のように小さな青空が見えた気のする句がこれ。梯子を木に立てかけ高みへ上っていく作者。枯れ枝を切っていると次第に雲の浮かんだ空が広がってゆく。その先に夕餉の支度をする町が見えてくる。まだまだ日常がここにはある。それさえも許されない時がその先に控えているのだが。(四宮陽一)

二日閑かにけふ新聞の来ぬ平和  貞永 勝

病舎で療養している作者。現在も正月二日は新聞休刊日。当時も休刊日であろう。さすがに病舎も正月は閑かである。新聞の来ぬ平和。平和と体言止めで句を引き締めている。若者にとって当時の新聞は濁世の坩堝と思われる。戦時下の軍歌あふれる街、戦争に突入する日本を含めた世界情勢を国家統制の新聞は報道する。若者にとってそんな新聞を読みたくはない。そこで逆説的であるが、そんな新聞が来ないことが平和であると詠んでいる。
「さくら枯れてかなしき軍歌こゝに聴く貞永勝」第六巻第二号で私が鑑賞した俳句と同じ作者。若者の厭世感が感じられる作品であると書いたが、今回の作品もそれに通じるものが感じられる。最後に平和という、言い切った直接的な名詞に好感がもてる。(辻本康博)


「三角点」より

 白文地選
しづけさをつきあげて眸ひらきたり  神戸市 藤木清子

今月も藤木清子の句を選んだ。朝、目覚まし時計より早く眼を覚ましたときの感覚である。まだ暗いなか「生きているんだ」と、生を確かめるように「眸をひらく」。完全な無季俳句であるが、井上白文地も評しているように、「つきあげて」という語が効いている。(恵)

山茶花のよごれ咲く夜に戦ありぬ  大阪市 大間知君子

戦況はますます拡大し、出征兵士を見送ることも多くなった頃。山茶花が汚れ咲いている。白い花びらはきっと散る間際なのだろう。少し茶色がかって寂び寂びした感じ。そしていったん散り始めると、痛々しいまでにばらばらと一気に散る。今まさに最前線で戦っている兵士たちにも、もしかしたらこの先呆気ない死が待ち受けているのかも・・。そんな空恐ろしさと、銃後の暗い気持ちを静かに詠んでいる。(新谷亜紀)


「会員集」より

貸間を探す三十路の頸に風いたし  井上白文地

寒中見舞いに「風を烈み岩打つ波のおのれのみ砕けて物を思ふ頃かな」を本歌にした狂歌役人一首を作り,年末に急逝した同期生を悼んだばかりの私の目に,この句が飛び込んだ。「風いたし」の表現が,昭和12年12月の「京大俳句五周年記念大会」の頃の俳句界に生きていたと始めて知った。もがり笛がひゅうひゅう泣く烈風は文字通り「痛い」だろう。「風を烈み」の雅語が納得できた1句である。独身の白文地が烈風の中,頸をすくめて貸間探しに歩く姿は寒々と感じる。なお,記念大会の披講は「一等披講士野平椎霞が,音吐朗々・・・病後どころの話ではなく,広い講演室に響き渡る声」で行ったと,白文地の報告がある。椎霞は10年10月号を最後にほとんど俳句を発表していない(14年1月号の3句を最後に千葉県佐倉連隊から上海上陸)。この頃「永い間の病気だった」と次号に自分で書いている。三鬼も三山も一時はかなり重い病気と書かれている。寒い。(野平大魚)

青空にもがりぶえあり宿移る  井上白文地

白文地氏の、この冬貸間を探し引越した感想を詠んだ4句の一つ。その日は、晴れ上がった冬空に、虎落笛がうなっていたことであると淡々と述べている。引越し先での今後の暮らしがはたしてどうなるか分からぬが、「もがりぶえ」は烈風のうなりであり、新生活の明るい青空のなかに、一縷の緊張と不安をはらんでいるようである。こうしてみると、この1句は季語たる「虎落笛」に全く頼りにして成っている訳で、無季俳句の唱導者・白文地氏も、素直に季語の力を認めざるを得ないというところであろうか。(片山了介)
 

第67回「京大俳句」を読む会

  • 2014.05.01 Thursday
  • 23:39

次回例会を以下のとおり行います。

日時:2014年5月3日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

1「京大俳句」第6巻3号(昭和13年3月号)つづき

「五周年大会記録」……(担当:梶谷)
「京大俳句創刊五周年記念懇談会」……(担当:梶谷)
「旅の話」(一)……西東三鬼
「ざつぴつ」
「三角点」(担当:佐々木)
選後の言葉

2「「京大俳句」第6巻4号(昭和13年4月号)

〈目次〉

「会員集」
「形式について」……和田邊水楼(担当:辻本)
「俳句の全体律」……波止影夫(担当:羽田野)
「自由苑」
「俳句テーマの問題性」……仁智栄坊
「俳壇時評」……平畑静塔
「事変俳句総論」……堀内 薫
「会員日記」
「三角点・選後評」……三鬼・白文地・三山
「大阪句会・神戸句会記事」
「句会案内」
「編集後記」




 

第66回「京大俳句」を読む会

  • 2014.04.05 Saturday
  • 00:23

次回例会を以下のとおり行います。

日時:2014年4月5日(土)13時30分〜17時
会場:芦屋市民センター 101号

「京大俳句」第6巻3号(昭和13年3月号)

〈目次〉

「俳句定型の問題」(リレー評論)
 …井上白文地・波止影夫・三谷昭(担当:堀本)
「会員集」(担当:マーティン)
「会員作品あらべすく」……平畑静塔
「僕と僕の作品」……和田辺水楼・芝昌三郎(担当:岡村)
「自由苑」(担当:マーティン・トーマス)
「五周年大会記録」……(担当:梶谷)
「京大俳句創刊五周年記念懇談会」……(担当:梶谷)
「旅の話」(一)……西東三鬼
「ざつぴつ」
「三角点」(担当:佐々木)
選後の言葉
後記



 

ひとり一句鑑賞(9)

  • 2014.03.10 Monday
  • 12:01

「京大俳句」第五巻(昭和12年)第十二號

「會員集」より

軍歌ながれ白き公園にわれも流れ  波止影夫

軍歌は「軍隊で兵の士気を高揚させるための歌、また俗に軍隊生活を歌った歌謡曲」(広辞苑)軍歌が流れている街を歩いていた私は公園に流れついた。破調の句である。ながれと流れと詠っている。それに白き公園とある。黒きではなく白きである。白は太陽の光線を反射させることにより見える雪のような色である。人々が楽しく遊ぶ公園で、楽しいひと時を過ごす。深読みかも知れないが、軍歌が流れる暗い時代にあって純粋に平和を願う若者の心情が見える。少し甘いが、感傷的な若者の気持が感じられる作品である。(辻本康博)

石人を濡らし古唐の霧ならず  西東三鬼

唐代の石人や石獣は墓を悪霊から守る、或いは王の威厳を誇示するためのものだったのかも知れません。どういういきさつからか、日本の銀座に近い画廊の前に展示され、霧に濡れていたという。「古唐の霧ならず」に、作者ならではの詩的創造力が感じられます。(小寺 昌平)

鮎のぼりのぼり日輪嶺にひくく  岸 風三樓

作者が武田尾に旅した時の作句。夏の渓流を鮎の群れが溯上する姿を飽きず眺めている。清涼な空気と煌く水の色が五感に心地よい。ふと気がつくと太陽は既に山頂にかかろうとしている。山峡にいる作者の軽いため息が聞こえてくるようだ。(四宮陽一)

柘榴食めば青白の激流偲ばれむ  宮崎戎人

後の4句をよめば若い男女のおデイトでしょうが、この一句のみで、読者の穿った読みに任されると 流れや、風景でなく心象である方がいいきがする。柘榴には、チビのころの思い出があり、好きな季語だ。今秋は石榴を詠うことに因んで一句を決めた。(綿原)

閨秀歌人しぐるる家に夫(つま)を置き  井上白文地

原阿佐緒、九条武子、柳原白蓮は大正の三閨秀歌人と言われたそうである。上層階級の美しく、教養のある、恋多き女性たちである。「閨秀」という言葉に驚くのだが辞書で意味を引くと、芸術に優れた才能を持つ婦人とある。こういう言葉で言われていたことに何とも嫌な気分になるのだが、当時は「女流歌人」とそんなには違わない感覚で使われていたのだろうか。いや、ニュアンスは全然違うなあ。
掲句は「閨秀歌人」が出てくる八句の中のひとつ。これは誰を指すのかわからないが、京都に住む女性の歌人なのだろう。他の句では黒猫を抱いて市場へ来る様子なんかが詠まれている。「しぐるる家」と言っているところに、綺麗に装ったその歌人へ向ける白文地の批判的な目がある。そして、普通家に居るのは妻であった頃の、「夫を置き」なのだから。(羽田野令)


特別募集「入選作品」より

かりそめの歸郷にあらず職あらぬ坂  冬一郎

失職日記抄の歸郷雜唄六句の一つである。「かりそめ」は「一時的なこと」であり、それを打ち消しているから、どうにもならないから帰郷したという自嘲的な意味も籠めていることが伝わってくる。昭和十二年という時節が詠わせたのであろうが「職あらず」と二重に否定しているのが日本の行く末を暗示しているようだ。(谷川昭彌)

 不眠症一句
虫の音にまみれて腦が落ちてゐる  藤木清子

五周年特別募集「入選作品」より、不眠症の一句という。驚きました。全くそのような夜を体験したからです。季節も虫の夜どおし、バカンス帰国している娘とのいさかいで孫を苦しくさせて……みたいな期間限定の私よりももっと深く絶望的な自意識。「頭でつくる」と師に叱られっぱなしの私は脳をこのように切り離すべきなのか。(石動敬子)
 
不眠症一句
虫の音にまみれて腦が落ちてゐる  藤木清子

不眠症である自分の脳が虫すだく草原に落ちている……実景としてはあり得ない。「虫」という季語独特の情緒なども皆無に等しい。なのに……何と生々しい表現なのだろう。10月号で詠んだ「沈んでゆくおもひ」が、「虫の音にまみれ」るほど溢れ出したのか。「脳が落ちてゐる」という隠喩によって、この時代に女一人で生きていくことの不安・孤独・疎外感がリアルに伝わってくる。このようなデリケートな感覚をストレートに表現できた「新興俳句の力」を感じる。(新谷亜紀)

街しぐれシュバリエの顔わらつてゐる  佐藤鮎彦

前年(1936)制作のフランス映画「シュヴァリエの流行兒」のポスターの、少し首を斜めにカンカン帽をかざしている主演のMaurice Chevalierを作者は眺めている。俳優の笑顔は、作者を取り巻く時代の侘しさと皮肉にも響き合う。しぐれの日本的詩情とフランス映画の取り合わせは、新興俳句の以前にないモダンな作風。今なお古さを感じさせない。(花谷 清)


特別募集「入選作品」より

天の川まれにものいふ妻さみし坂  冬一郎

二人で一緒にいるけど、それぞれの感じている寂しさを詠んでいる句である。「天の川」というと、秋の季節に入るが、同時に織女と牽牛との恋物語が頭に浮かぶ。今は妻と一緒にその物話の舞台、つまり天の川を眺めているが、その美しさを楽しむのはもとより、その美しさによって自分の孤独感も強調されてくるであろう。それ故に作者でも、相手でも静かに黙っており、話をする気にもなれない。いや、何を話したらいいのかわからない。「失業日記抄」や「帰郷雑唱」と題している句なので、将来への不安と心配が漏れる。二人とも深い物思いに沈んでいる。または私の想像だが、作者が新しい仕事を見つけたため、故郷に残る妻と子供との別れの日が近づいてきたかもしれない。その背景で月光に照らされている妻の横顔を見つめる作者がいる。そんな作者に気づかないうちに私は同情し、非常に感動した。(マーティン・トーマス)


「自由苑」より

 情痴  西田 等
ながき髪になでくれ甘き乳房の香に
白き腕にやさしき君の唄を聴く
つめたき掌つつみしづかな白き胸に
みつめゐる瞳がつよくてひかりそむ
わきいづるあつき泪ぞたふれけり
美しき耳ひそと情炎棲んでゐる
まるい乳房のまんなかにあるちヽくび
性欲のはての人間うつくしき

「情痴」連作八句。この時代に官能的主題に取り組んだ意欲的な俳句作品は例がない。言葉の斡旋もひらかなの使用により、この耽美的な世界を描こうと意欲的である。しかし連作の設計的な構成、作者の倫理観、時代の制約からか、エロチシズムのドロドロとした官能美が投げ出されずに浄化されている。これは一句完結の俳句表現の本質的な特質かもしれない。(西田)


「三角点」より

 白文地選
満月にけものゝこゝろ野を駈けり  豊中市 西田 等

「満月にけもの」から狼男を連想した。この句を読んだとき、ちょうど8月の満月だった。何か句を詠みたいと思ったができなかった。そんなときに出会った俳句である。作者は狼男を連想しなかったかもしれないが、満月は、なぜか人を魅了する。(恵)

こほろぎの命たかまり壁細る  大阪市 橋本雅子

秋の夜が更け行くにつれて、蟋蟀の啼く声が徐々に激しさをましてきて、さらにじっと耳を澄ますとその声は外庭と隔つ壁を貫いて、虫の命を切々と伝えてきてやまない。それこそ壁をも突き抜ける程の音声で、壁も薄くなったかという措辞がおのずから想われたのだ。共感を呼ぶまっすぐな観照があると思う。(片山了介)
 

「京大俳句」を読む会 会報2号

  • 2014.01.29 Wednesday
  • 14:36

1号刊行より3年が過ぎましたが、ようやく2号を刊行いたしました。

……………………………………………………………………………………
「京大俳句」を読む会 会報2号
  発行日   2013年10月25日
  編集・発行 「京大俳句」を読む会 (代表 西田もとつぐ)
  連絡先   「京大俳句」を読む会 事務局[新谷]
        メール 453room@v.balloon.ne.jp
  頒価    1000円
……………………………………………………………………………………

[目次]

山口誓子 満州の曠野を飛ぶ
  ―句集『黄旗』の世界―  ……西田もとつぐ

篠原鳳作と『天の川』  ……前田霧人

 「京大俳句」誕生前夜
新興俳句はなかった  ……綿原芳美

【先達に聴く】第2回
講演 新興俳句と「京大俳句」  ……田島和生

講演 「京大俳句」の頃の京大・三高  ……西山 伸

講演 外科医  野平藤雄(椎霞)  ……野平匡邦

●ノート
 ・誓子、菩薩になる?
  ―創刊号「俳諧道漫遊記」白文地―  ……米田恵子

 ・白文地の「桃色俳句のこと」  ……羽田野令

 ・資料をたどって  ……原 知子

●エッセイ
 芝不器男最後の仮寓  ……梶谷予人

*今井洋一さんを偲ぶ  ……西田もとつぐ

「京大俳句」を読む 〈抄〉  ……今井洋一

「京大俳句」を読む会 活動記録  ……新谷陽子

編集後記 
表紙イラスト   ……梶谷予人

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