「京大俳句」ひとり一句鑑賞(6)

  • 2013.06.06 Thursday
  • 08:58

 「京大俳句」第五巻(昭和12年)第九號

「會員集」より

灼けし貨車老兵の帽あたらしき  西東三鬼

見ようという強い意志を持った者にだけ見える「灼けた貨車」であり、「新しい帽子」なのである。主情を抑えた冷静な判断力による作者ならではのデッサンの確かさ。(小寺 昌平)


出征兵士われは巷を重き書と  波止影夫

無季俳句。出征兵士なれば、書物を持って港を出る。重き書と−が素晴らしい。最近の若者は本を読まない。新聞も取らずパソコンでニュースを知るらしい。孤島に一冊の本しか持てない場合、どんな本か?「俳句歳時記」と答えた人を思い出す。図書館で良く読んだ(本は買わないとダメとの説もある)これからも重き(沢山の)書を読みたい。当時の若者の書に対する姿勢には脱帽。平明な句であるが、感性は鋭く気になった作品だ。(辻本康博)

出征兵士われは巷を重き書と  波止影夫

この作品の掲載された昭和12年は盧溝橋事件を発端に日中戦争が火蓋を切った年。戦争の影が色濃く巷を覆い始め、出征兵士の姿を多く見る中、作者は分厚い本をかかえたまま街を行過ぎる。ヘーゲルかカントかはたまた資本論か。ゲートルに重い銃剣を身に帯びた彼らと、書を携えた己が姿の対比に作者自身が戸惑いを隠せない。(四宮陽一)


灰皿を見つめ征くのだと言ふ  芝昌三郎

3ページ前に村木馨に《招集令下りぬ夜は深く深く》がある。重い、どうしようもない時代のうねりが伝わってくる。他の人にも似た句があるが、一番におしたい。ここまで書いて楸邨だったか《歯にしみる柿の冷たさを別れとす》の句があることを思い出した。親しい友人が向かい合ってぼそりぼそりと。いまなら缶ビールか。ビールのあてが柿の実と書かれた大正時代の小説があったような気がする。現在の「柿の種」はそのなごりか?(綿原)

灰皿を見つめ征くのだと言ふ  芝昌三郎

無季口語俳句の典型であるこの句が「京大俳句」に載っているということを知った時も衝撃的だったが、昭和12年の9月号という早い段階だったというのも驚きである。もっと後の昭和14年くらいの時期かと思っていたからだ。7月盧溝橋事件が起こり、「出征」が他人事ではなくなり、それを詠んだ句も多い。(恵)


出征子灼くる石階を父と昇る  井上白文地

戦地に赴く息子を見送るべく、灼けつく石階段を昇る父は、共に昇る息子と同じ血を分けた者の胸の熱さを一時共有するが、これが一期の別れかもしれない思いがある。出征子がもし戦死することあれば、父は逆縁の業火に遭遇するのだ。親子の別離の心情が通い合う時の極まりの一刻である。(片山了介)


「自由苑」より

鎔接の緑(あ)青(お)き横顔犇けり  堀内 薫
製艦の音に轉々反側す  堀内 薫

 溶接の緑青(あお)い光は当時の先端技術であり、そこから戦争へと突き進む時代の危うさが労働者の姿を通じて彷彿と伝わってくる。横顔が犇くほどに集まり、製缶ではなく製艦を造っていたことに驚く。それらを直接言わないで、光と音で表現されているところがよい。軍艦を作った溶接技術が二、三十年後の日本の高度経済成長を支えたのだから、また切なくもある。(えいじ)

大き闇正方形に灼熱す  堀内 薫


「川崎造船所に近き陋港に泊す」と題された10句のうちのひとつ。この句だけで
はわかりにくいが、「赤き四脚赤き機械の大夜業」「鬱々と軍需工業咆哮す」な
どあわせ読むと、夜更けまで操業している造船所が、不気味で巨大な生き物のよ
うに浮かんでくる。「正方形に灼熱す」、非人間的な雰囲気がでている。(原 
知子)


「三角点」より

逝くものは逝きて大きな世がのこる  神戸市 藤木清子

この前々月、盧溝橋事件によって日中戦争が始まった。翌年(1938年)までの日本軍の死傷者は50万余に達したと言われている。男たちは次々と戦場へ征き、そして逝く。藤木清子はこれ以降も1年間「京大俳句」白文地選に投句し続け、戦争の大きな世に生き残った者の憂鬱を詠む。女性の立場から、息苦しいまでに率直に。清子の句境に今後も注目したい。(新谷亜紀)

雨の古都青児のえがく娘(こ)が通る  廣島 仁科海之介

東郷青児の絵は、昔よく見た。昭和三十年代の医者の待合室なんかによく掛かっていたものだ。東郷青児は若くして人気を博し、昭和十二年京大俳句五巻九號の頃は、宇野千代と同棲して別れるという華麗なる遍歴の後である。あの独特の女の絵、柔らかな色調の中にほっそりと植物の様な陶器の様な質感を漂わせる女性像は、現実の人間を離れたような美を湛えている。

そんな女性を町で見かけた。「古都」とあるから京都へ来た時に見かけたのだろう。雨という設えもあって、ロマンチック過ぎるように思うところであるが、三角点掲載の五句はこの次にキュウリの新鮮さを詠った句があり、その後の三句は「戦闘教練」という題があって、銃や硝煙の匂いや戦車が描かれていることを思えば、その対比の中にこの時代の一面が切り取られているように思う。(羽田野 令)

    

「京大俳句」ひとり一句鑑賞(5)

  • 2013.05.29 Wednesday
  • 09:41

「京大俳句」第五巻(昭和12年)第八號


「會員集」より


兵隊が征くまつ黒い汽車に乗り  西東三鬼


「京大俳句東京句会(第五回)靖国神社灼けて照る機雷の照りに触るるべからず渡辺白泉昇降機しづかに雷の夜を昇る西東三鬼」(P59)昭和12年は大陸の戦線が激化し、満州国に総動員法が布かれ、第二次ノモンハン事件で対ソ関係も悪化する。出征兵士の増加。この時代を三鬼は「黒」で象徴的に表し、白泉は即物的に「機雷」で表現した。戦争は狼の仮面で意外と「愉快な顔」で現れてくる。それを嗅ぎ分けるのが文学者のしめいである。三鬼の「昇降機」の句に治安当局が指摘するような社会状況が描かれているのではないか。(西田)


兵隊が征くまつ黒い汽車に乗り  西東三鬼


こんな実景を見た人はもう殆どないであろう。僕は少年時代の印象に強く残っている。どこかの任地に送られるのあろう。何輌もの長い長い黒い貨車に兵隊が満載されて征く。中には無蓋車に詰められて、横になれない程にぎっしりと、銃を抱えて座っている。その黒い貨車の色に、汽車の煤煙で軍服も、顔も真っ黒な兵隊たちだ。この三鬼の〈黒〉5句を見て、三鬼は黒に時代感覚=抵抗感を籠めたのかと見たが、最後の二句に至って、単なる風俗的視野での黒のムードだけを採取したのだとがっかり。因みに、この号の会員集65句の中の無季俳句は45句もある。(佐々木峻)


僧を乗せしづかに黒い艦が出る  西東三鬼


句題「黒」。黒のイメージと表現では ̄れ肌が焼けているI埆傍掘不吉、いかがわしさ、不気味だ気靴ないこと、失態ゼ抂悪徳、疑惑などの象徴。陰陽五行説では北に配し冬の色である。その「黒」の連句、五句。どれも素晴らしい作品であるが、そのなかで気になったのが、上記の句。句の説明はいらないと思われる。死者をほうむるための儀式を司るのが僧。その僧を乗せしづかに艦が出る。無季俳句なので散文のようではあるが、三鬼は黒を悪の権化ととらえ怒っている感性は胸にずしりと響く。後の四句も同じ目線の作者が詠む。俳句界では有季定型が大部分を占めているが無季俳句を詠むと初心の頃の感性が甦る。(辻本康博)


僧を乗せしづかに黒い艦が出る  西東三鬼


遣唐使船なら僧が乗っていて不思議はないが、軍艦に乗せていたとは驚きである。世界史上初めてかもしれない。兵隊が死ぬことはきっと始めから計算されていたのだろう。三鬼の心中は、「艦」は「棺」であったに違いない。( えいじ)


學園の歴史は石の壁に聞け  中村三山


掲句は〈始業鐘犬儒御用の尾を振りくる〉〈アカデミの高い紙食ふ羊ども〉〈索漠たる講義空腹が受けつけぬ〉〈若き日の夢と學園を去りし君〉につづき、掉尾を飾る。いずれも學園(当時の帝国大学)のある側面を、シニカルに中村三山は詠んだ。学府は大衆化し今日に到っているが、三山の詠んだ側面は思いのほか変わっていないのだろうか。〈歴史は壁の石に聞け〉は至言。(花谷清)


學園の歴史は石の壁に聞け  中村三山


表題はないが学園を詠った5句のひとつである。単なる呟きか学問への憧れか、はたまた自己に対する嘲笑とも取れる句である。季語はなく明らかに斜に構えたものであるが読む者に何か訴えるものがある。(谷川昭彌)


琵琶法師泣きひろひゆきバアの戸を  中島手火之

琵琶をもった流しがあっても不思議ではないが酒の席に弾き語り、ちと陰気そうです。枯芒の伴奏もしたのだろうか。(綿原)


香水の香の圏内の椅子五つ  宮崎戎人

どうでもいいようなことを詠んでいながらなぜか印象に残る一句。聡明さではなく無邪気さの中にある詩眼の確かさ。活用語を用いない骨格の強さ。大胆な構図とおおらかさなどなど。(小寺 昌平)


「三角点」より


影絵売り影絵となりぬ風の中  山口水星子

人形や動物の形に棒が付いているのだろうか。《ランプ売るひとつのランプを霧にともし》安住淳の夜店にアセチレンのランプに照らされた風情はなつかしい。面売りが面をつけてうるとかいう句もあったようだがどなたか知りませんか。(綿原)


新聞新しければ鳴らさんと真似てみたり  東京 山口一夫

新しい朝刊を配達人がやるようにぴしっと音たてて真似してシゴいているのである。朝の気配や、新聞のインクの香、を呼び起こす。少年だろうか(?)配達する人の活気をもらっている、受け手の気持ちの動きもみずみずしい。(堀本吟)


電燈に咲いては皆んな賣られる薔薇  有吉峰水

「よみせ(夜店)」の中にある破調の句。何だか藤圭子の唄う歌詞のようでもあり、微妙にデカダンスの匂う俗っぽさに妙に魅かれます。俳句というよりは短歌にして、後に自由に七七を付けるとすれば皆さんはどんな言葉を選ばれるのでしょうか?私の七七は胸の中にありますが、ここでは恥ずかしくて……。(陽一)


植木市の中から古い貌が出る  有吉峰水

「古い貌」ってなんだろう、「古いつきあいの知りあいの顔」のことか。それより、表情もはっきりとわからない、古び掠れた人の顔のようなものを想像する。雑然と並べられた植木の間に、古い雛人形の顔のようなものがふっと現れる……心霊写真みたいで怖い。(原知子)

さつき咲き働かぬつめつんでゐる  神戸市 藤木清子


五月は生命力に溢れた季節。その反面、精神的にはどこか陰気な時季でもある。「五月病」もこの頃だし、「さつき闇」「五月忌」という暗い季語もある。掲句の場合、明るい初夏の日差しの中さつきは瑞々しく咲き満ちているのだろう。一方作者自身は、対照的な日陰の身。寡婦となり兄の家に身を寄せている。ろくに働きもしないのに爪だけは伸びる。そんな自分がどこか疎ましい。「働かぬつめ」という鋭いとらえ方。「さつき」「つめ」「つんで」のひらがな表記も空虚感を増している感じ。(新谷亜紀)


無職賦4句中(第1句、第4句)
寝ておきて野にタンポポといる日頃
タンポポは野に呆けわれは社会に呆けたりよ  東京市 山口一夫


作者は失業して世に容れられぬ境涯にあるとおもわれ、無為に無聊をかこつ春の一日、道行く路傍にはタンポポが楚々と咲いて、その素朴にして淡々と生きる花への共感あるいは哀感を詠んだ。自然の中のタンポポと、社会に生きる自身とを対置すれば、環境の中に生きるものという繋がりを感じつつも、人間には自嘲の心が萌し、タンポポにはただ無心、無邪気に咲くのみである。人はかくして自然に癒されざるを得ない。(片山)


たはむるゝ子等にカンナはきほひ咲く  渓山梅子

今月の「會員集」の昇子、三鬼、白文地の軍隊や兵士を詠んだ句に圧倒されました。一句鑑賞もきっと今月も三鬼の句に集中すると思い、全然違うものを選びました。カンナ自体もあまり目にすることはなく、子育て自体も遙か遠くの思い出の世界になった今、私には新鮮に感じました。(恵)


「選後の言葉」より


三鬼選の選後の言葉に注目しました。「消化不十分」「使ひ古した感じ」「季語を必要とします」「前書きを除いて」「他人には判りません」などの評をはさみつつも「持ち味を捨てないで作られたし」「落膽せず續けて下さい」「物を発見する様、眼を鋭くして下さい」「露出し過ぎてゐます」などの果て「誓子の句集が今の貴君の教科書として絶好」などと、簡にして要を得ていてあたたかく選者としても優れていたのですね。(石動敬子)

ひとり一句鑑賞(4)

  • 2013.04.20 Saturday
  • 16:01

「京大俳句」第五巻(昭和12年)第七號

「會員集」より


誕生日あかつきの雷顔の上に  西東三鬼


日常吟もすべて真正面から立ち向かう「京大俳句」の伝統の中でやや焦点をずらしながら物事に迫ってゆく三鬼の技法と特質に注目。(西田)


昇降機静かに雷の夜を昇る  西東三鬼


「京大俳句事件」でこの句を治安当局が階級闘争の激化をあらわす句として取り上げた。京大俳句(文芸作品)を治安当局(治安維持法)がどのように断罪するかを示す一例である。(西田)


昇降機しづかに雷の夜を昇る  西東 三鬼


新大阪ホテルにて。気象の異変と機械の静粛との関係を詠いたかった」と自解にある。三鬼の第一句集『旗』(昭和15年刊)に収録、代表句の一つ。雷光に撃たれるエレヴェーターのメカニックな固い冷たさ。静けさ。この二物の対比のクローズアップは不気味だ。それを平静な文体に載せた感覚は現代的である。電気の光を落した真夜中のビル。この四角な鉄の箱は、静かに屋上を目指している。おりしも、稲光に照らし出されたその中は、一個の殺人死体だけであった。こんな想像をしたら、三鬼は怒るだろうか。(佐々木 峻)


昇降機しづかに雷の夜を昇る  西東三鬼


掲句について「新大阪ホテルで雷雨の夜作った。気象の異変と機械の静粛との関係を詠ひたかっただけだ」と『三鬼百句』に作者は自解している。これは、言外に「詠ひたかっただけでは済まなかった」の意味が込められた自解だとおもう。「どんな句が引っかかりましたか」といふ貴問は、この弾圧事件の性質を知らない愚問である、とも西東三鬼は記している(「俳句研究」昭和24年7月号参照)。〈夜を昇る〉は、斬新かつ非凡な表現。(花谷清)


昇降機しづかに雷の夜を昇る  西東三鬼


「雷の夜すなわち国情不安な時、昇降機すなわち共産主義思想が昂揚する」(『俳愚伝』より)。という解釈により、治安維持法違反の罪に問われた句。そんな解釈アリですか。掲句は、因果的に無関係な二つの出来事を取り合わせた手法の見事さと、作者ならではの詩的創造力の世界を楽しめれば十分だと思うのですがいかがでしょうか。(小寺昌平)

昇降機しづかに雷の夜を昇る  西東三鬼


万愚伝より― 京都府警特高部*中西警部は*要視察人であった某新興俳人を強要して講師とし、六ヶ月間新興俳句解釈法なるものを学んだ。*私を担当した高田警部補は*昇降機しづかに雷の夜を昇るという私の句の意味は「雷の夜すなわち国情不安な時、昇降機すなわち共産主義思想が高揚する」というので、つまり新興俳句は暗喩オンリー、暗号で「同志」間の闘争意識を高めていたものだというのである。― *部分は(略)の意である。山口誓子も《海に出て木枯帰るところなし》に特攻機を暗喩しているという自解は一切ない。三鬼のような類禍を自然と避ける習性になったのではと思えるがどうだろう。新興俳句受難の一句をとくと味わいたい。記念すべき7月号でである。(綿原)


金借りて何處へ行かうか街は雨  村木 馨


季語も自然美もあったものではない。ただ、ひたすら斜に構えた散文調の句。この時代にも寺山修司はいたのか。遊びの金を借りたものの行くアテもない男にはやはり都会の孤独が似合うのだ。(四宮陽一)


銃剣がきらり五月の陽の寒き  中村三山


句題の「明闇」が良い。みょうあん。この世とあの世。幽明。現代では見られないが、その時代だったのだろう。いきなり銃剣がきらり。五月の陽の寒き。今では五月と寒きの季重なりと指摘される。五月といえば若葉、新樹の光があふれ夏らしい輝きをみせる。そこであえて寒きという。十七文字から時代の背景、若い作者の憤りが見て取れる作品。この作者の感性はすばらしい。(辻本康博)


生活の糧ともならぬ書を漁り  中村三山


久しぶりの中村三山の句。病気はもうよくなったのだろうか。無職を詠んだ連作?の中の一句。作者中村三山と同じように無職ではないにしても、私も満足な収入がある状態ではない。しかし、この頃、とくに俳句関係の本に眼がいくようになってしまったのは、ひとえに「京大俳句を読む会」のおかげだろうか。(恵)


家々のむつきかかぐる空の濁り  清水昇子


篠原鳳作の《太陽に襁褓(むつき)かかげてわが家とす》と杉田久女の《朝顔や濁り初めたる市の空》と比較してしまう。「空の濁り」に国情不安が隠してあるのだろうか。2句も有名な句が浮ぶところからすれば、満更でもないと思えた。(綿原)


闇迫るドブ板を猫鳴きわたる  清水昇子


わかり易いのが一番、「ドブ板」が効いている。今は殆ど見られないドブ板だが今にあっても違和感のない句である。しかし、「闇迫る」は、戦争へ突き進みゆく深刻な状況下に、国民の抵抗と不安の声が鳴り響いていると深読みもできる。(安藤英司)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「會員集」にみる「桃色俳句」 (鑑賞者:堀本吟)

すこし前の号に、「桃色俳句」という文章が載った。そのつもりでみると、今号にも、濃淡さまざまだが桃色がかった句がある。濃厚にピンクのもの。真面目に読む気もしないもの。ここまでいわずとも、のイロエロナンセンス、グロもある。作品上に真面目な反戦俳句の気配ばかりを求めてしまいがちであるが、かれらにはどこか退廃への好奇心もあるのではないか?


屋上の高き女體に雷ひかる  西東三鬼


「昇降機しづかに雷の夜を昇る」の次に置かれている。検閲は、「昇降機」と「雷」の危険な関係にのみ神経を尖らせたが、私のイメージの中では、この女體の書き方がよほどスリリングである。


鍵白く地に光り葱を洗ふ妻  三谷 昭


私は,こういう光景にいちばんエロスを感じる。「鍵」も「葱」も、「妻」がそこにいるために。ひじょうに暗喩的である。

草匂ふ月が出ており看護婦ら  波止影夫


兵庫県立精神病院に転勤となり、靜塔とその寮に行った、ときのことらしい。白衣の看護婦がさまよう草匂う月夜の庭、ポール・デルボーの絵のようでありこれも妖しい。


ひそと閉す我が肺癖に夜ル散る花(は)片(な)  中島手火之


この作者の「一匹の鼠となつて石は飛べ」というのが、ありえない光景を言ってしかも生き生きしているので、一番注目、掲出句の叙情性も感傷的だが女性への思いを感じさせて好感が持てる。


若き娘の耻ぢらひ避けぬる野は緑  村木 馨


この句の青年は、すれ違っただけで、なんでこんなにアホらしくも感動するのだろうか?


苺出て第二の童貞しばし侘し  宮崎戎人


意味がわからない。が、ナンセンスな可笑しみがある。しかし、よくこんな句を真面目につくるなあ。


木々芽ぐみ夫人は性器を和服につゝめり  和田邉水樓


よくこんな句をマジメにつくるなあ。最近では普通に使われるようになったが。


吊鏡髭の男を引き寄せる  東條 團


銭湯の男湯で光景。鏡の男たちは全部裸であろう。日野草城ばり。


梅雨の戸にぽたりと落ちし朝の便  淺田善二郎


この「便」は、てがみのことか? それとも……可笑しい。


柘榴咲き處女の夢想の大胆な  井上白文地


暗示で読ませる。大胆に大胆なことを想像してみよう。


 日記抄
倦怠が性欲昂らす午後  中村三山


(明闇・六句新作)、(日記抄・舊作機↓兇隼誘腓鼎)「兵馬馳せみだるゝに寂(じゃく)とある日輪」(明闇)「生活の糧ともならぬ書を漁り」(日記抄)等々。新興俳句のリアリズムのレベルでは、まとまって世界観を出せる作家ではなかったのだろうか?


蝙蝠の窓に噎びてくしけづる  清水昇子


女だということは出ていないのだが、痴情の気配がある。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「自由苑」より


「女教師よ」10句  西田 等
胎児をばつ ゝむ紫紺の袴締む
登校の女生徒とゆきみごもれり
女生徒のならびゆく眼を感じゆく
胎教に精肉店の旗を曲る
胎動に生きる教壇埃せり
胎動の黒板の線横に引く
みごもりて生徒に愛しくたれと思ふ
ほがらかな生徒にふとも妬心あり
喧噪な運動場を背にしゐる
髪ちさく結ひて孕める師よ帰る


季語がないと、こんなにも精彩を欠くかと思う。一句目が辛うじて時代性(袴)を表し絵になっているが、あとは男性として最大限の愛で素材を追っているものの、五句目の胎動に生きるはおかしいし、言葉遣いも荒っぽくて、ただ、短歌的把握の自己満足が場所をとってしまっている。残念。私ごとですが、30数年前の早春のわが詠
  予定日を問う生徒らの眼は輝きて応ふる我の声やや高し (石動敬子)


「三角点」より


枳殻垣しろき封筒咬めりポスト  藤木清子

夫と死別した清子は居を神戸に移し、兄の家に寄宿していた。当時、高屋窓秋の「白い夏野」の影響もあってか、多くの新興俳人が「白」を用いた。清子もその一人。若き寡婦の心の空白を「しろ」に托した。掲句にはまだ粗さがあるが、この感性の鋭さは翌年の名句「しろい昼しろい手紙がこつんと来ぬ」に繋がってゆく。(新谷亜紀)


うみまちのしろきふゆぢをめくらびと  かねもと青虹

「めくら」は現在では差別語として、俳句でも勿論使えないが、冬の海辺の、白い道を盲人が歩んで行くと言う描写に鮮烈かつ寂しい詩情を感じる。ただ、三鬼が「めくらびと」3句を「奨励し難い」のに採り、選評するに、薬草を売る声春陽に吹き吹かれ  青虹 の傾向を良しと示しながら採っておらないのが可笑しいと思いつつ、小生も左様に同意したい。(片山了介)



ひとり一句鑑賞(3)

  • 2013.03.10 Sunday
  • 23:59

「京大俳句」第五巻(昭和12年)第六號


「會員集」より

 留日学生王(ワン)氏
王(ワン)氏歌ふ招魂祭の花火鳴れば  西東三鬼
王氏の窓旗日の街がどんよりと
編隊機點心の茶に漣立て
尨大なる王氏の昼寝端午の日
菖蒲湯の王氏や前をひたかくし
五月の夜王氏の女友鼻低き


股関節が柔らかそうなこの人の視野から掬われる素材の屈託なさに注目した。人との距離のとり方が自由自在でモデルが活写されている。招魂祭という旗日はわからないが、その日の王氏、と後半の日常(昼寝、入浴などの)のスケッチにはユーモアが躍動し、一読後ニヤリと、これこそ俳味というのか遊びの味がとくに女友の「鼻低き」に集約された。全く役者というか、監督というか。この人の存在自体になぜかふりまわされてしまうが愛さずにはおれない。困った人なのだ。(石動敬子)


編隊機點心の茶に漣立て  西東三鬼

點心とは、中国料理の軽い食事、また食事代わりに出る菓子のこと。掲句は、戦闘機が、茶器に漣(さざ波)を立てているのを詠んでいる。前書きにある留日學生王氏と共にした點心だろう。1937年当時、関東上空の編隊機の爆音を耳にする留學生王氏の心中が察せられる。中国人留學生と共に聞く上空で発せられる爆音を、室内の眼前の小さな器に立つ微かなさざ波と結びつけ、三鬼らしく視点が鋭い。(花谷 清)


尨大なる王氏の昼寝端午の日  西東三鬼

この俳句で惹かれるのは「厖大なる」の意味である。王氏の何が厖大なのか。彼の来歴か、意識・認識の内容か・・・。三鬼著の「神戸」には広東人王兄弟(の弟の方)の破天荒な逸話があるが、同一人ではないかもしれない(年齢が60歳と50歳、留日学生とは思えない)。神戸山手通/三鬼館に住んでいた頃の三鬼の周りの奇怪な外国人達の実話・エピソードは事柄として厖大で、とても俳句に縮めるわけにはいかない。また王氏の不可思議な意識と行動は興味津々であるが、三鬼にとっても理解し難い可笑しさであって、その経路をたどれば厖大ならざるを得ない。王氏の複雑怪奇なる心情・意識は今は端午の日の子供のように、安逸かつ無邪気な昼寝の中に、その、厖大さを完全休止している・・・・と私は読んだ。(片山了介)

 麦
光線と伸びるリズムが一しよです  和田邊水楼

「麦」と「光線」の伸びるリズムが同じ、と感じた感性を好ましくおもう。どうせなら、タイトルにしている「麦」も入れて句にしてほしかった。まだ俳句になる手前の言葉のよう。「一しよです」の口語が、安易すぎるような気もするが、あえて稚拙な感じを選んだのかなともおもう。(原 知子)

受驗子に國史は遠く遠くありぬ  岸 風三樓

連作「採用試驗」の4句目で1句目に官衙とあり、また、作者が逓信省等に勤務された由から当該省庁の採用試験であろう。当時の事は書物等で知るしかないが、戦争に進んでいく国史に疑問を抱きつつも時宜に応じた回答をしたのではないかと思うと自由に意見を述べ得る現在は有難い。(谷川昭彌)

太平洋膨れ夕日を浮ばしむ  嶋田柊雨

「静狩」(長万部町)の前書き、大きな景である。表現として夕日の沈む一瞬を海が膨れることで浮き上がらせたように書いている。写生は主観なのである。この作者、野村柊雨であるならば婿養子になったか。ミレーの晩鐘のように、祈りにも似た心境なのだろうか。(綿原)

家々にをとことをんな冬の月  百井句一路

「男と女」と書くと、50年近く前のルルーシュの映画を思い出します。ただ「をとことをんな」になると何となく柳吉と蝶子の「夫婦善哉」を連想するから不思議です。どこの家にもある避けられない両性の人間関係を冬の月が冴え冴えと照らしています。「春の月」としなかったところが憎いではありませんか。 (四宮陽一)

家々にをとことをんな冬の月  百井句一路

名句ではない、ユニークで何か気になる句である。ただ平明な言葉を並べる。家々をとことをんな冬の月全世界に男と女の二種類の人類しか存在しない。分かりきった現実である。それを逆手に取り、中七に堂々とをとことをんな。下五は冬の月。季語の動く句である。冬銀河、寒の月の方が相応しいと思われる。しかし冬の月と作者は詠む。リズム良く、何か耳に残る作品である。読み手に作者は作品を渡し、どうだ・・・と言っている様だ。(辻本康博)


「自由苑」より

行春の賦に胎動の和する時  志波 汀子

経験が無いので、胎動の感じは分かりませんが、幸せに満ち足りている時期ではないかと思います。胎動は、新しい物事が生じようとする時などに比喩的に使われることもありますが、季語「行く春」との相性もバッチリだと思います。(小寺 昌平)


「三角点」より

鞦韆が垂れてゐるだけの蒼い夜  兵庫 水谷静眉

ブランコは詩情をそそる遊具である。夜のブランコや公園をうまく表現していると思う。しかし、三鬼の「選後言 葉」によると、元の句は「鞦韆が腕組んでゐる蒼い夜」で幼稚だから直したとある。どうりで・・・・。これは、まさに三鬼の句と言ってもいいだろう。(恵)

(白文地選)
ひとり身に馴れてさくらが葉となりぬ  神戸市 藤木清子

前年までは「水南女」名で投句。「清子」名で「白文地選」に投句したのは今号が初めて。そして、いきなりの巻頭。掲句はその5句目で、宇多喜代子氏選「藤木清子百句抄」にも入っている。白文地選後評には「藤木君の作品には偽らず飾らざる自分といふものがぐんぐん押し出してくるところの力がある。・・・第5句には云はばやるせなき諦めとも言ふべきものがある」と絶賛。夫を病気で失い「戦死者の寡婦ではない寡婦」という辛い立場。暗い戦争時代の薄幸な女性の心情を一途に描いた画期的な俳人だ。以降の活躍を注目していきたい。(新谷亜紀)


アップが遅くなりました。いつもすみません(ハラ)

ひとり一句鑑賞(2)

  • 2013.01.27 Sunday
  • 07:53

 【新谷・記】


「京大俳句」第五巻(昭和12年)第三號


「俳壇人物月旦」より


校塔に鳩多き日や卒業す   中村草田男

平和の象徴でもある鳩。それらが群れ翔つ高さに仰ぐべき校塔がある。おだやかに晴れた巣立ちの朝のめでたさ。(石動敬子)



「京大俳句」第五巻(昭和12年)第四號


「特輯機循環批評」より


クリスマス地に來ちゝはゝ舟を漕ぐ   東京三(秋元不死男)

十四歳で父に死別した作者は母と夜店や行商などもした。Xマスが地上に来ても、無縁の貧しく「舟を漕ぐ」ほかないちちはは。そこに目が行く作者。(石動敬子)

職工にパン屋の騾馬が遅れつヽ   東京三

「帰る職工(抄)」と前書きのある句。長時間のきつい労働を終えた帰路の職工の重い足取り。それよりさらに遅いパン屋の騾馬の疲れた歩み。過ぎ去った時間にある悲しみや安らぎが、過不足なく描出されている。(小寺 昌平)


「特輯2」無季作品 より


湯はあふれ幸福についてかんがへる   富澤赤黄男

別に何という事もない散文調の無季俳句なのですが、中国山東省で1年暮らした私の肌感覚には妙に訴えるものがあるのです。太陽の照る日だけ、限られたシャワーの湯にありつける生活を続けていますと、月に2回の休暇を利用してホテルの湯船で肩まで浸かる風呂は、何物にも替えがたい宝物になります。「ああ、極楽極楽・・」(四宮陽一)

湯はあふれ幸福についてかんがへる   富澤赤黄男

湯があふれるほどの風呂のなかで「幸福」について考えている。一日の疲れを取るために風呂に入る。しかも人間として生まれたままの裸でー。私も風呂に入って瞑想にふける。日によって仕事、家族、俳句、余生など色々と考える。「幸福」ついて考えたことはあまり無い。考えてわかる「幸福」は人それぞれである。しかし「幸福」でないから「幸福」について考えるかも。赤黄男の作品である。深読みしたくなる作品である。(辻本康博)

  『カモ』進水式拝観
巨線退き歓呼の皃がぶちあたる   内田暮情

私の住む神戸には、大きな造船所が二つもあり、小学校の遠足の1回は進水式の見学でした。シャンパンが割られた後、船台からゴーッという音とともに滑り落ちる進水式は圧巻です。船の舳先を「巨線」ととらえ、船は「進水」するのですが、見学者にとっては、まるで遠のいていくように見える。それをうまく捉えたと思います。今はこんな進水式をしている造船所はまずなく、ドックに水を張るだけだそうです。(恵)

スキー展の狭き階段を攀ぢよろけ   渡邊白泉
音もなく兵士入り來りスキー展       〃
スキー展兵士敬禮をなし合へり      〃
女がふとをらざりしスキー展        〃

前書きに「新宿驛スキー展」とある。「起承転結」風に構成された連作四句。作者の〈兵士〉をみつめる眼がシニカルだ。一句目〈攀ぢよろけ〉、三句目〈敬禮をなし合へり〉は揶揄を。二句目の〈音もなく〉と四句目の〈ふと〉が不気味さを、それぞれ、仄めかす。四句目の〈女〉が〈兵士〉と背反する存在として描かれている。白泉の代表作〈憲兵の前で滑つてころんぢやった〉〈戦争が廊下の奥にたってゐた〉などと通底する作品。(K.H.)

「三角点」より

健脚の君に椿の花降りぬ   佐澤比呂志

連作ハイキングの一句であり、若い男女のハイキングの景がはっきり見えてくる。分りやすい素直な句であるが、何か物足りない。写生俳句としてはいいのだが「何を言いたいのか」がよく分らず「京大俳句」に採り上げられているのが聊かどうかと思われる句である。(谷川昭彌)

早蕨に染みたる君の手をとらん   佐澤比呂志

万葉歌に連なる素直な詠嘆がある。「石走る垂水の上のさわらびの萌え出つ"る春となりにけるかも」志貴皇子(片山了介)

  政變の日−宇垣大将大命辞退す−
牡鶏が鳴いてゐて雪ひひとふる   仁科海之介

宇垣大将は1937年1月に広田内閣が総辞職した後総理大臣に推挙された。軍縮を進め軍部に抑えが利く人物として評価されたからだ。ところが、軍部主導の政治を目論む石原莞爾大佐らに阻止され、宇垣は組閣大命辞退へ追い込まれた(「ウィキペディア」参照)。この句は軍部が台頭してきた不穏な「政變の日」を詠んでいる。まるで「鬨の声」のように「牡鶏」が鳴き、雪が「ひひと」降る。「ひひ」という語感から「非」や「悲」を連想する。国家の「非」常時、「悲」劇である「戦争の時代」へ一気に進もうとしている不安感が伝わってくる。(新谷亜紀)


「京大俳句」第五巻(昭和12年)第五號

「会員集」より

絶壁に寒き男女の顔ならび   西東三鬼

「海濱ホテル」と前書にある連作六句の六句目。東尋坊のような絶壁に男女が並んで立っている。事情があり追い詰められた男女が飛下り自殺をする前の一瞬を感じさせ、読んでいて緊張感が漂う。しかし単に団体客が観光で、絶壁を見ているだけかも知れない。しかし三鬼の作品である。寒き男女の顔・・・表現が秀逸で人間臭いドラマを感じさせる作品である。(辻本康博)

あさざくら無数に黒き瞳をもてり   井上白文地

桜の蕊のところだろうか、そう言えば、瞳に見えないこともない。「花見」というと桜を見にいくわけだが、その無数の桜に見られているという感覚。「あさざくら」という季語もきいている。花見客でにぎわう昼間や夜では、この感覚は分からないであろう。(恵)


「三角点」より

わが純情聖なる君に稚(わか)くあれ   西田等

昭和12年5月号、三角点静塔選トップの「貞永勝兄へ」の4句の一句目である。同年3月号自由苑で《広告のわが詩に悔いて開店す貞永勝》貞永勝10句があるが、なんの店か解らない。西田等がこの店を訪れて、《開店の前をぐるりと廻るバス》掲句の5月号と同じ三角点白文地選に「春迎ふ坂の上なる君を訪ふ」と題しているので住宅地か?。等の敬愛の念浅からずで、今後相聞の句がでるか?楽しみである。鈴木六林男は「俳句は三人解ればいい、その一人は自分だ。」を思いだした(高点句が必要ないというのではない)、魂も生もので誰かのために句を詠む、その人目掛けて句を詠むがことが必要なのではないかと思った次第だ。(綿原)

虹雲は遠し地上に薔薇を切る   山口水星子

遠景と近景。事実を超えた心の世界。言葉より確かに作者の思いを伝えてくれる「物」。祈りのような存在の薔薇。(小寺 昌平)

故郷へ走る列車の窓枯るゝ   小田垣青城

志を果たせなかったのか、都会から田舎への帰郷の淋しさが「窓枯るゝ」の措辞に巧みに表現され、読者に共感を与えている。誰しもこうゆうことの経験はあるのではなかろうかと思う。平成の現在にも通じ、いわゆる「古さ」を感じさせない佳句であると言えよう。(谷川昭彌)

豊艶の山の噴煙(けむり)に散る椿   佐澤比呂志

桜島らしき旅のスケッチ。この作者のイメージ、叙情は簡明であるが、俳句としては言い尽くしてしまって余韻が乏しいうらみがあると思う。(片山了介)

霊柩車とまり昼空はてしなし   かねもと青虹

湿っぽくなくて、好感をもった。三鬼選。そのほかにも「ピエロ達菜畑の暮を見て佇てり」などが採られている。(原 知子)


「四月座談曾」より

枯園に向ひて硬きカラア嵌む   山口誓子

誓子は直球の人。当時は白線入りの帽と白いカラアの学生服だった(ネクタイは大人の特権で)。カラアの「硬き」がいい。枯と響きあって抑制のきいた青春性がまぶしい。(石動敬子)




 

ひとり一句鑑賞がはじまります

  • 2012.12.26 Wednesday
  • 23:17

 【新谷・記】

「京大俳句を読む会」は、みなさんがそれぞれのペースで研鑽を積まれ、守り立ててくださっているおかげで、この12月例会で50回目の節目を迎えました。毎回、懇親会も含め楽しく順調に進んでいますが、一方ページ数が多過ぎて消化不良気味になってきたのも事実です。

そこで、例会では省略しがちな作品部分(「会員集」「自由苑」「三角点」)の中から「ひとり1句鑑賞」をしようということになりました。まずは「京大俳句」昭和12年3月号から。


○「京大俳句」第五巻(昭和12年)第三號


「会員集」より

 
 冬日とほく燻り犬共疾走す     西東 三鬼


タイトルの「大森山王附近」はJR大森駅近く、今でもお屋敷や古い建物が残る緑豊かな 森のエリアである。三鬼の鳳作追悼句に「草を噛む野良犬」が出て来るが、この句の「疾走する犬共」も野良犬、恐らくは三鬼自身の投影。昭和十二年と言えば日中戦争が始まる年であるが、尖閣の問題、政党政治のていたらく、国民の貧窮、・・・、日本の現状は当時に酷似する。(前田 霧人)


 吹雪猛り船のさかるを見放たず  瀬戸口鹿影
 
「弟をバイカル丸に送る」と前書きのある連作八句の五句目。岸を離れる船のデッキで手を振る弟さんの姿が、激しい吹雪に遮られ、みるみるうちに視界から奪われていく。それでもずっと船を見送っていた─という、兄であり作者である鹿影の肉声。平明な言葉で、自然と人間との関係を誠実に詠まれた句だと思いました。(小寺 昌平)


 逍遥子見よペリカンが欠伸する   井上白文地
 
ペリカンが欠伸をしたとしても不思議ではないが、欠伸をしたと思えることは少ないのではなかろうか。だからこそ「見よ」と強く言った気持ちがよくわかる。ただ想像するに、さぞ大量の空気を吸い、傍に居ればきっと呼吸困難になったのではなかろうか。欠伸は睡魔から覚醒に移る時に起こるものだから、ペリカンは覚醒して何をしようとしたのだろうか。思いはつきない。(安藤 えいじ)


 働かぬ日に慣れ薔薇が赤い冬   和田邊水樓
 
何だか近頃のリストラ時代にでも作られそうな句ではないですか。職がなくなり持て余す時間の中で世話を始めた冬薔薇の血のような赤さが妙に気になるのです。今まではそんな目で薔薇の赤を眺めることもなかったのに・・。(四宮 陽一)


「三角点」より


 指揮棒振る幻影木の葉降る月夜    堀内薫


静塔先生も褒めているが、感覚が新しいと。21世紀の俳句は変り映えがしないので、切れだ、写生だ有季定型だと己の井戸を深くするばかり。弦の音がビーンと膨らみ浮遊する感覚と、月下の落ち葉が変幻自在時空をこえる組み合わせ、よかばい。(綿原 芳美)


 さむき夜の瞳の列にわが瞳    堀内 薫


前書きに、「ローゼンシュトック氏指揮演奏会」。また掲句には更に、前書き「C席」が付いている。チケットが廉価なC席に並ぶ人たちの〈寒き夜の瞳の列〉の措辞は、当時は珍しかった西洋音楽への期待に目を輝かせている人たちが知れる。上語は、作者以外の聴衆の列を眺めたものだが、下語は、一転して〈にわが瞳〉が添えられ、作者もまたその列にいたことが判る。視点が一句の中で客観から主観へ転換していて新鮮である。(花谷 清)


 わがそがひ朱唇冴ゆるをおそれけり   堀内 薫


演奏会の連作の「C席」と題のある三句のうちの一句。女性の真っ赤な唇、血を滴らせている様な連想も働く程の色が強烈な印象だったのでしょうか。「そがひ」は背後のことですから、C席に並んで座っている時の自分の後ろの方の唇が気になってならなかったということなのでしょう。演奏会ですましてお行儀よく座っていても、内心後ろの唇のことをこんな風に思っているという事が、ちょっと可笑しくもあります。

この句の前には、「さむき夜の瞳の列にわが瞳」という句があり、並んで座っている様子を皆の眼の中の自分の眼という意識の仕方で描いており、こちらは唇に注目した句となっています。この演奏会は、「ローゼンシュトック氏指揮」と前書きがあるので著名な指揮者の格調高い演奏会で、女性は化粧も濃く着飾っていたのでしょう。(羽田野 令)


 病める身が水平線の奥を戀ふ    山口朝霞


悩める若者の心情を句にしているが、言葉に遊び過ぎる。観念的で頭の中で創った感が見える。水平線の奥を戀ふ。私の感性ですと言われそうだが読み手には伝わらない。水平線の奥・・・ 一生懸命考えています。静塔も叙法の常識化をした方がいいと短評で書いていますが、その通りだと思います。(辻本 康博)


 ゆきふる日妻とり得ぬひと文よこす                              
 雪わびしニヒリストとも君が書きし   仁科海之介        


この2句で二人の人生の断面が現われてドラマがある。彼がニヒリストなのか、彼女が自嘲して言ったのかちょっと考えるが、彼女が彼に同調を求めて、ふたりの関係の悲観を単に表現したのかもしれない。ニヒリストという言葉はこのように、わびしい諦観をのみ言う表現なのか、もっと深い含蓄を蔵しているのか、二人の関係でのみ言っているのであれば浅い感傷にとどまると思う。

ニヒリストという措辞を俳句に持ち込むことは、語の本来の社会性から論理の回路に向わせて、俳句の詩語の世界から離れていくようにも思う。例えば、このニヒリストも、ニーチェ的に言えば「神の死」んだ世界を超えて、新しい真理の世界へ踏み出すという、積極的なニヒリズムを抱えた人間を措定すると、この俳句ではそうではなく、消極的ニヒリズムとして把えるだけでよいのだろう。社会性をもつ言葉を俳句に使う場合は、詩的感性の世界を離れて、社会的論理性の藪林に迷い込ませないか、注意を要すると思う。俗に言えば、世俗の垢に馴染んだ言葉は詩語としては使い難いということ、俳句はやはり嘘の無い大自然を詠みこなすのが王道だと思う。「京大俳句」には様々な実験が試みられて興味がつきないが、現在から振り返ってみて、現代俳句に生き残るべき何かを見出してゆくことは困難な課題だろうと感じている。(片山 了介)


 神経のひかりつめたくペン執れる   柳谷はつ


今号の紅一点。取り立てて良い句とも思えないが、作者は前年から「三角点」に投句し、度々白文地の高評を得ている。ペン生活者の苦悩や喜びを多く詠み、掲句についても「ペンに生きる女性」の気持ちよい緊張感が伝わってくる。今後も注目していきたい。(新谷 亜紀)

 
 あたらしき日に透明な鰈を吊る  西田 等

「透明な鰈」というのは、「見えない鰈」ではなく、「透明感のある白い鰈」といった程度のことだろう。が、私は見えない幻の鰈を吊ると読みたい。この「あたらしき」には、輝くような新しさはない。同じように繰返されるある日の朝。透明な(幻の)鰈を吊る、という詩的な行為に、なにか落ち着いた諦念を感じる。平仮名の「あたらしき」がういういしく、「透明な鰈」に合っているように思う。(原 知子)

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM